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『紫の風 水仙の想い』

今年もそろそろ水仙が咲き始めました。

suisen_009.jpg

昨年8月17日、母が亡くなりました。
今回はそのことについて書きます。


経緯
*文中、青字部分は私自身に関する記述です。
母が肝臓がんと診断されたのは、4月の初めのことでした。
肝臓の片方に三つ、3㎝くらいのものが一つと1cm以下のものが二つ、発見されました。
即日入院手術の日程が組まれ、
母は楽しみにしていたカラオケ大会への出場もキャンセルせざるを得ませんでした。
手術は肝臓の片方を切除する手術で、
母が通っていたA病院の主治医の先生が執刀することになりました。
幸い手術は成功し術後の経過も良好で、GW前、予定通りの退院になりました。

ただ、肝臓がんは転移や再発を起こしやすいがんなので、
退院後は検査を密にする必要があります。
5月2日、術後の経過を見る検査に同行しました。
検査は血液検査のみで、『数値も良好』との事で、一安心していました。
その後、『きみずが上がる(すっぱいものがこみ上げてくる)』ということで、
5月6日、再びA病院を訪れました。(この日は同行しませんでした。)
『再入院』と連絡を受けたのが当日の午後。
とりあえず2~3日の入院ということなので、身の回りの品を持って行きました。

翌7日の夜、急変しました。
寝耳に水です。
高熱を発し、寒さを訴え、同時に強い足の痛みもあるようでした。
私がそのことを聞いたのは8日の朝でした。
半信半疑で駆けつけると、そこには苦しむ母がいました。
高熱があり、足がかなり痛むようで、しきりに『足をさすってくれ』と言います。
A病院でも原因が掴めていない様で、人の出入りが激しくありました。
午前8時を回るころになって、ようやくCTを撮ってもらえました。
検査結果を踏まえて医師の説明がありました。
『肝臓の上に液体が溜まっている。恐らく胆汁だろう(胆汁漏=たんじゅうろう)。
液体を採ってみないとはっきりとしたことはいえないが、敗血症の恐れがある。
抗生物質の投与をする。大量に点滴を送り込むために首の付け根の静脈から入れる。
(中心静脈カテーテル)足の痛みに関しては不明。』との事。
2~3日の軽い入院のはずが、あっという間に点滴や測定器だらけの重病人です。

敗血症は命に係わるものです。
とりあえず足の治療よりも敗血症の治療を優先して、足はシップやマッサージでしのぎます。
とにかく足が痛がるので、なるべくマッサージをしてあげることにしました。
また、敗血症になると幻覚を見たり正常な判断ができなくなるため、目が離せません。
毎日朝から夜まで付き添って、母の要望に沿って水やお茶、あるいは氷などを用意します。
私にできることは、その程度のことしかありませんでした。

ある晩、母はベッドから降り、帰ろうとしていたそうです。
それ以来、『目が離せない』からとの事で、
一般病室からナースステーションの隣の部屋に移りました。
敗血症が重篤期を過ぎて会話ができる程度に回復しても、
まだ正常な判断ができずに周囲を困らせます。
朝6時頃に電話がかかってきて、『まだ来んの?(まだ来ないの?)』と言ってきたりします。

  私がうつ病であることは当ブログでも何度か書いてきました。
  うつ病の症状の一部として、倦怠感や疲れやすさ、疲れの回復の遅さ等があるのですが、 
  連日の看病での疲れが回復しないまま看病を続けなければならず、 
  心身ともに疲れは蓄積する一方でした。

この段階になっても、足の痛みにはほぼ何も手を尽くしてはくれません。
母はとても痛がります。
医者に対してかなり強く『足の痛みの原因究明を』と要望し、
ようやく整形外科の先生に見てもらえました(担当医は外科)。
結果は、ひざの周辺に膿が溜まっており、白血球の数値が高くなっているとの事でした。
特に左は右の5倍ほども数値が高く、菌の多さをうかがわせるものでした。
処置として、ひざに溜まった膿を抜いてもらい、少し、軽快したようでした。

5月半ばになり、準一般病室に移りました。
意識もしっかりしてきて、常識的な思考ができるようになり、
それでもまだ目が放せない状態です。
足の痛みも続いています。
病院食の不味さもあってか食欲も無く、リハビリに行くのも辛そうです。
ベッドから車椅子に移動することすらままならない姿は、見ていて痛々しいものがありました。
『もう一度整形外科の先生に』と何度も要望しましたが、見てもらえませんでした。
この頃からA病院に対する不信感が芽生えます。

一般病室に移ってしばらくたった頃、この頃は点滴の量も少なくなっていたのですが、
主治医から胸部リンパ節への転移を告げられます。
六月はじめの事です。
腫瘍内科での抗がん剤治療を指示されます。
A病院には『腫瘍内科』という診療科はあっても、専門医は常駐していません。
週に一度、他病院からやってきて外来で治療に当たるようです。
こちらからの質問には『専門外だから』との理由で十分な回答は得られません。
ただ、『通院で抗がん剤治療を行う』『詳しいことは専門医から聞いてください』というだけです。

専門医から話しを聞ける日、その日は心配した5~6人の親族が集っていました。
今か今かと待ちわびる中ようやく現れた専門医は、数枚の資料を残し1~2分で去っていきました。
唖然、呆然です。
一般に抗がん剤は人によって合う・合わないが多々あると聞きます。
激しい副作用が出ることもある、とも聞きます。
『そんな治療を通院で行うことで危険は無いのか?』と聞きたかった私は、失望し、落胆しました。
熟慮の結果、転院させることにしました。
主治医にそのことを告げると、『紹介状を書きましょう。ただ、まだ退院の許可は出せない』という。
『なぜ?』との問いに主治医は、『足のリハビリが終わっていないから』と言います。
ハァ?ですよ。
『がんの治療と、足のリハビリと、どっちが大事なんだ?』
『今まで足の治療に消極的だったくせに、今更何だ!』
出掛かった言葉を飲み込んで退出しました。
私が怒りを抑えたのは、母がそういったことを望まない人だからでした。

  この頃の私には他にもやることがありました。
  日常のことは勿論、裁判への対応(後述します)、
  根拠の無いまま騒ぎ立てる親戚への対応、
  肝臓がんの治療法についての調査、等です。  
  手を付ける余裕は無かったのですが、  
  役に立たない弁護士への懲戒請求の対応も頭から離れません。(後述します)
  精神的にはいっぱいいっぱいで、毎日、朝が来るのが辛かったです。 

ようやく退院できました。 
入院(するつもりではなかったのですが)する時は歩いて入ったのに、出る時は介助つきです。
県立のB病院へ転院しました。
現在、肝臓がんに有効な抗がん剤はネクサバール一種類しかありません。
他のがんのように、『この抗がん剤が効かないから、こっちを使おう』といったことが出来ません。
B病院では勿論ネクサバールでの治療になります。
ただ、B病院では入院して状態を見つつの投与になるとの事です。
検査の結果、残った肝臓にもポツポツと小さながんが生じていました。
すぐに入院の手続きをとり、治療を始めてもらいます。

毎朝二錠、服用し、一日おきに血液検査をします。
通常は一回四錠の服用になるらしいのですが、様子見のために二錠にしたとの事でした。
一般的に、ネクサバールには『手足が荒れる』等の副作用があると聞きます。
母にはそういった副作用は一切出ませんでした。
ただ、血液検査の肝臓の値、特にビリルビンの値が上昇してきました。
ビリルビンは、その値が上がると黄疸がでます。
『この状態ではとても抗がん剤治療を続けることはできない』と医師から告げられました。
ただ、このビリルビンの急上昇がネクサバールの副作用なのか、
がんの勢いから来るものなのかは判然としません。
ネクサバールの服用を中断して様子見をします。
時間の経過とともに肝臓の値は全般的に回復していきましたが、ビリルビンだけが上昇します。
医師から『もうあまり長くない』と告げられたのは7月半ばでした。
B病院初診時のCT画像と新たに撮ったCT画像を見比べると、
肝臓に散らばったがん細胞が少し大きくなっていました。
医者は告知することを提案しましたが、
時間が短いこと、母の性格から受け入れられないことを告げました。
結局その場では、告知はせず、一週間毎の検査を続けることが決められました。

これを受けて、調べていた保険診療外の治療を実施することにしました。
がんに対する保険外診療の治療法はいくつかあります。
その中で私が目を付けたのは『自家がんワクチン療法』でした。
ポイントは肝臓がんに効能があることでした。
この治療法は、手術で切り取ったがん細胞からワクチンを作り、それを注射するというものです。
この治療法を実施する医療機関はさほど多くありません。
私の住む大分県には皆無です。
一番近い福岡の病院で治療してもらうことになります。
早速アポイントを取り、弟と相談に行きました。
ここでもビリルビンの値が問題になりました。
『この状態で治療してもあまり効果は期待できない』と。
『高い治療(150万円)なので、できれば効果が見込める状態で実施した方が良い』とも。
この先生の話によると、ネクサバールは他の抗がん剤よりも効果が長いそうです。
従ってこのビリルビンの上昇がネクサバールのせいならば、
時間の経過とともに改善するかも知れません。
しばらく様子を見て、ビリルビンの値が下がってから実施しようということになりました。

私たちの期待に反して、ビリルビンは下がる気配を見せません。
肝臓の他の値は検査の回を追うごとに下がっていっているのに・・・です。
そのことにも焦燥の思いがあるのですが、それ自体よりも辟易としたのはB病院の医師です。
検査が終わって数時間後、必ず電話がかかってきます。
『もう長くない』『あと二週間持つかわからない』『告知したほうがいい』と。
これには本当にまいりました。
一縷の望みにかけている私には、本当に堪えました。

  この頃の私は、もう、気持ちを強く保っていることが困難になっていました。  
  ただでさえ低下している集中力がさらに落ち、
  書類を読むことも集中力を振り絞らなければなりません。      
  頭が回らず、ボーっとして、
  ふと気が付くと周りに迷惑のかからない死に方を考えている有様です。
  一日一日が始まることが酷く辛かったです。
  昇る朝日を見るたびに、神を呪いました。

終末期医療には死生観・生への哲学が必要だと思います。
B病院の医師の言うように告知して遣り残したことを済ませ、残りの時間を穏やかにすごす、
そういう対処の仕方があることは承知しています。
しかしそれは患者が自分の運命を受け入れ、
思考を前向きに転化させることができて初めて成立する対処法です。
ポジティブに捉えることができるかどうか、それまでにどのくらいの時間を要するのか、
それは個人個人、ケースバイケースです。
決して紋切り型に対処していいものではないと思います。
『あと二週間』と言われて、一体、どの位の人がポジティブな気持ちを保てるでしょうか?
気持ちを転化できなければ、それは『絶望して死ね』と言っているのと同意です。

確かに人は必ず死にます。
養老猛氏が『バカの壁』の中で書いているように、人の致死率は100%です。
だからと言って即物的に人の生を捕らえ、機械的な対処でいいものなのでしょうか?
どこからか生まれてきて、ただ死に向かっていくだけならば、人の生はなんと虚しいものでしょう。
そしてその中で『医療』の持つ意味は限りなくゼロに近くなります。

私は、個人的には、こう思います。
人は皆泣きながら生まれてきます。
だから生きている間に楽しいことをいっぱいして、沢山の喜びを持って死んでいくべきだと。
そうしてこそ人の生は意味を持ち、輝きを放てるのです。
決して絶望の中で生を終えてはならないと考えます。

母はまだ生きたがっていた。
精一杯、生きようとしていた。
孫の成長を楽しみにしていた。
まだまだ楽しいことをしたがっていた。
三年。
あと三年の生を、母に許して欲しかった。

8月14日、朝、母の様子がおかしいと連絡がありました。
救急搬送され、再びA病院に入院することとなりました。
そこで告げられたのは『後2~3日だろう』と言うことでした。
前回のCT検査から一月で母のがんは、
肝臓の中にポツポツと点在する状態から肝臓いっぱいに広がっていました。
もう造影剤を入れての検査にも耐えられないほど、肝臓は弱っているとのことでした。
ようやく私は絶望しました。

8月17日午前7時、永眠。
『早朝に旅立つ人が多い』と聞きますが、午前7時までがんばってくれたのは、
私たち家族に『ゆっくり休んで欲しい』との母らしい気遣いだったのでしょうか。



Sting『FRAGILE』



疑念
*文中赤字部分は疑念の内容です。
①A病院の検査に関して
母は4年ほど前に大腸がんの手術を受けました。
今回肝臓がんが見つかった検査は大腸がんの術後検査の一環でした。
およそ半年毎に一回、同様の検査を受けてきていました。
母の話によると、肝臓がんを宣告された昨年四月の検査の前の検査、
一昨年の秋の検査時にもCT画像に影があり、
それに対して別の先生から(CTは放射線科の領域なので放射線科の医師と思われます)
『転移ではないか?』とのコメントが付いていたそうです。
主治医はそのコメントに対して、
『大腸がんはステージゼロだから、転移などするはずが無い』と笑っていたそうです。

  疑念の第一はこの主治医の態度にあります。
  専門の医師が『転移ではないか?』と言っているということは、  
  『がんか、あるいはそれに近いものなのでは?』と疑ってしまいます。  
  母はC型肝炎の既往歴があり、 
  肥満気味で、糖尿気味と肝臓がんになりやすい条件はそろっています。
  主治医は当然そのことを知っているわけで、
  転移でなくても原発性の肝臓がんは十分に考えられたはずです。
  つまり、ここでより詳細な検査をしていれば、早期に対処できた可能性があります。  
  極簡単に言えば、『主治医の見逃しの可能性がある』と言うことです。
  そもそも自信を持って『転移など無い』と言い切れるのなら、検査など必要ないはずです。

その後、上記の通り、入院→手術→退院→再入院→敗血症という経過をたどります。

  疑念の二つ目はここの検査と処置にあります。
  敗血症は大きな手術の後には想定できる症状です。
  加えてその原因となったであろう胆汁漏も肝臓の切除手術のあとには想定できるものです。
  5月2日と6日、このどちらかにCT等の詳細な検査を行っていれば、
  敗血症という最悪の状態は回避できた可能性が高いと考えます。
  敗血症の後のリンパ節転移は、敗血症で免疫作用が低下した為と考えられますが、
  そうであれば、詳細な検査を怠ったことは大きなミスです。

  さらに、『そもそも手術の時に転移は無かったのか?』という疑問があります。
  それを窺わせる医師との会話があります。
  一つは5月2日、検査に同行した私が主治医に対して、
  『肝臓がんは転移や再発を起こしやすい・・・』と言った事に、    
  主治医は『ん?ん?』と疑問形で答えたこと、
  もう一つは敗血症が落ち着きを見せ始めた頃、『肝臓がんのステージは?』との質問に、
  『3のbです。』と答えたこと。
  がんのステージはがんの種類によって分かれますが、
  肝臓がんに『3のb』というステージはありません。
  最初の『見逃し』の可能性を否定できない以上、
  『見逃しを隠匿するために適切な検査や治療を怠った』可能性も否定できないのです。

  もう一つ、A病院の医療そのものに対する態度にも疑念があります。
  敗血症の中、痛む足を整形外科医に見てもらえなかったこと、  
  足のリハビリを理由に退院を渋ったこと、
  危険な抗がん剤治療を通院治療で行うこと、がそれにあたります。
  これらは『病院の都合』『診療科の沽券』といったパラダイムの中でしか理解できないものです。
  つまり、『患者のための医療ではない』と感じます。

②Cクリニックの態度
ここで突然Cクリニックの登場です。
Cクリニックはここ数年間の母のかかりつけ医です。
A病院に行くようになったのもCクリニックの紹介でした。
Cクリニックへは5月に再入院してから8月になるまで行っていませんでした。
8月初旬に食が細くなり、衰弱していた母に点滴を打ってもらおうと再訪しました。
B病院が遠かったからです。
点滴は打ってくれましたが、同行者に『今後一切係わりたくない』といったそうです。
高血圧の治療のためにCクリニックに時々行っていた弟にも同様の電話がかかってきたそうです。
どうやらA病院からB病院に転院したのがお気に召さないらしいのです。

  医師が、ましてや健康保険という公的制度で生計を立てている開業医が、
  診療拒否をするなど許されていいものでしょうか?
  Cクリニックはなぜ私たちが転院させたのか知っているのか?
  A病院のしたことに、連帯責任で責任を持ってくれるのか?
  ここでも『患者のための医療』ではないことを強く感じさせます。

③保険診療と保険外診療
医療には保険診療と保険外診療があります。
特に保険診療のみを行っている医師に見られたのですが、
保険適用外の治療法を見下している様に感じられました。
そして、保険診療で良い結果が出なければ、患者は見捨てられるのです。
そこに『医療』に対する疑念を抱きました。
保険診療が正しいとか、保険外診療の治療は胡散臭いとか、
そんな事は患者やその家族にとってどっちでもいいのです。
治ってくれるのならば。

未だ十分な成果が得られていない保険外の治療法でも、
将来は有望な治療法になるかもしれません。
保険診療の医師は、保険診療が万能でない以上、
保険外の治療法にも敬意をはらうべきだと思います。
そして、患者に『こういった治療法もあります』と出来る限り教えるべきです。
それをしなければ、『患者のための医療』とはいえません。
それをしなければ、『医療』に対する疑念は消えません。


後悔
時が過ぎ、少し冷静に物事を考えることが出来る様になると、後悔の念が起こってきます。
多分、私が馬鹿でなかったら、私がうつ病でなかったら、もっと強い気持ちで臨んでいたなら、
母はまだ日々を楽しんでいたかも知れません。
周囲は『頑張ったね』と言ってくれても、私自身が『ベストを尽くせた』とは思えません。
そのことは他の誰でもなく私自身が一番よく知っています。

今回のブログは、皆様に同情して欲しくて書いているわけではありません。
母を悼んで欲しいからでもありません。
私の失敗と後悔を皆様に生かして欲しいからです。

人は学べる生き物です。
『失敗から学ぶ』事は『最良の選択』を得るための近道です。
それは他人の失敗であっても同様です。
皆様がこの記事から何かを学び取ってくださり、結果、一つでも命を救えたなら、
それで私の思いは遂げられます。

①病院・医師を過信しないこと。
『患者のための医療じゃない』現実があることは上記の通りです。
その理由は、推測ですが、医師個人や診療科の治療成績等のためでは?と思います。
そういった現状から患者が自衛するためには、病院や医師を過信しないことが必要です。
少しでも不安や疑念があるのなら、他の病院も受診してみるべきです。
母のケースで言えば、告知の半年前の検査で肝臓のCT画像に影が見つかった時に、
他の病院でCT検査をするべきでした。
『病院と喧嘩をしろ』と言っているのではありません。
他の病院で検査をしなおすことで早期発見・早期治療が出来るなら、
それに越したことは無いのです。
それで医師が立腹して以降の治療を断ったりおざなりになるようなら、
所詮『その程度の医師・その程度の病院』なのです。
命を預けるに値しません。

②肝臓がんに対して無知であったこと。
無知であることは罪です。
告知を受けて肝臓がんについて調べはしました。
ただ、それを正当な重みを持って受け止めていませんでした。
甘かったのです。
ある意味肝臓がんを『ナメていた』のかもしれません。
最初の段階で、もっと深く調べていれば・・・、と後になって思います。

例えば、私が調べた『自家がんワクチン療法』。
私はがんの転移を受けて調べ始め、
実際に相談に行ったのは抗がん剤が失敗に終わった後でした。
相談に応じてくださったM医師によると、
『自家がんワクチン療法の最良の施術時期は切除手術の直後』なのだそうです。
肝臓がんは転移・再発を起こしやすいので、その予防の為に施術するのが効果的なのだそうです。
さらに、『(抗がん剤が失敗し、ビリルビンの値が上がった)現状では効果が期待できないが、
抗がん剤投与前の値なら期待できた』と教えてくださいました。
私は、無知なるが故に、切り札を切るタイミングを二度も逃していたのです。

手術→転移→抗がん剤治療という流れは、がんの治療においては一般的な流れでしょう。
しかしその流れに従って治療を行っても最良の結果が得られるわけではありません。
母のケースで言えば、
抗がん剤治療によって急速に肝臓が悪化してしまったことがそれに当たります。
保険診療の医師が頑なである以上、患者側が積極的に調べて、
保険外診療も含めた『最良の選択肢』を見つけなければなりません。

③全てを背負い込んでしまったこと
私は母が告知されてから、なるべく母のためになる様にしてきたつもりでした。
しかしそれは、後になってみると、決して母のためになっていませんでした。
今は、無我夢中で、その場しのぎで、たくさんのものを背負い込んでいったことを、
『愚かだ』と自認しています。
背負い込んで、自分自身のキャパシティを超えてしまい、
結果的にどれも中途半端になってしまいました。
己を知らない、愚か者のすることです。
勿論、うつ病であることでキャパシティは下がっている訳ですが、
それを含めて己を知らなかったのです。

もっと早くに、なるべく多くの協力者を集め、分担して事に当たるべきだったと思います。
その時に、全体を俯瞰して先のことまで考える人が必要です。
むしろ自分の役目はそれだったように思います。


重ねて言いますが、今回のブログは私の失敗から何かを学び取って頂くことが目的です。
そして、それが誰かの命を救う一助になればと思います。
どうか、『救えるかもしれない命』をあきらめないでください。
どうか、『輝き続けることを願っている命』をあきらめないでください。
衷心より、お願い申し上げます。


今年も水仙が咲く季節になりました。
でも、その花を見て喜ぶ人はもういません。
水仙は母が好きだった花、紫は好きだった色です。

                                               〈了〉


*追記①
以上のような理由で、年末年始の挨拶を自体させて頂きました。
挨拶を頂いた、YUTA様、ネオ・アッキー様、yam様には大変失礼をいたしました。
お詫びいたします。

*追記②
一昨年最初の更新で、『個人的に取り組んでいることがある』と書きました。
それは、母の医療事故裁判でした。
元々、母に悔しい思いを残して欲しくなくて始めたものですが、
今回こういう事態になり、志半ばで和解せざるを得ませんでした。
この医療事故から二つ、皆様に知っておいて頂きたいことがあります。
この医療事故は、脊椎すべり症の治療のためにペインクリニックでブロック注射を受けて、
右下肢麻痺の損害を受けたものです。

硬膜外ブロック注射は、脊椎の内部の、硬膜外腔と呼ばれる空間に麻酔液を注入して、
一定期間痛みを緩和する治療です。
ただ、すべり症やヘルニアのように脊椎が物理的に変形している場合、
硬膜外腔には狭窄部が出てきます(脊柱間狭窄症)。
この狭窄部に麻酔液が進入すると神経を圧迫することになり、強い痛みが出ます。
ですから、脊柱管狭窄を伴う病変の場合には事前にMRI等で検査し、
狭窄の様子を三次元的に把握しておく必要があります。
ところがペインクリニックではレントゲンで済ませることが一般的なのです。
また、脊柱管狭窄は病変によるものだけでなく、加齢によっても生じます。

知っておいて頂きたいことの一つ目は、
『なるべくペインクリニックにかからない様にしましょう』ということです。
大病院の『痛みの外来』ならば、そこを入り口にして様々な診療科で診てもらえますが、
ペインクリニックではそれがありません。
リスクを避けるためにはペインクリニックは敬遠するのが懸命だと思います。

知っておいて頂きたいことの二つ目は医療事故における弁護士についてです。
医療事故訴訟は大変難しい訴訟です。
誰でもが出来るものではありません。
弁護士なら誰でもいいというわけにはいかないのです。
実際、母が最初に頼んだ弁護士は、
5年間で一度の症例検討会と一回の相手方との往復書簡のみしか行動を起こしていません。
そのせいで、レントゲンという医療事故訴訟において重要な証拠を得られませんでした。
こんなずぼらな弁護士もいるのです。
当然、懲戒請求をかけました。
そして、当然ながら弁護士会は『懲戒に値せず』という結論を出しました。

医療事故にあって悔しい思いをし、弁護士を雇ってまた悔しい思いをする。
そんな想いをしたくなかったら、弁護士は選びましょう。
私は、全国展開する、医療事故専門の弁護士法人に依頼しました。
その仕事ぶりは『すばらしい!』ものでした。
何よりこちらの気持ちに寄り添って、最大限こちらの利益を守ろうと努力して下さいました。
参考までに私が依頼した弁護士法人を記しておきます。
   弁護士法人ALG&Associates
*リンクは勝手に貼ったものです。先方に迷惑のかからないようご配慮ください。

医療事故に関しては言いたい事が沢山あるのですが、それは場を変えて行いたいと思います。

*追記③
保険外診療については、パッと見ただけでも数種類がありますが、
その中で『肝臓がんに効果的』ということで『自家がんワクチン療法』を選びました。
施術に至ることは無かったのですが・・・。
自家がんワクチン療法については下記をご参照ください。
  セルメディシン
銀座並木通りクリニック
*各リンクは勝手に貼ったものです。先方に迷惑のかからないようご配慮ください。

*追記④
母の看病にA病院に通う毎日。
小さな看護師さんに出会いました。
別に身長が小さいのではなく、研修が終わったばかりのなりたての看護師さんです。
先輩ナースの指導の下、たどたどしく処置をする彼女に声をかけました。
『大変な仕事だけど、頑張ってね』と。
彼女はそれが嬉しかったのか、私の顔を覚えてくれて、
病院内ですれ違う度に挨拶をしてくれるようになりました。
長引く母の入院の間、彼女は成長し、一人でてきぱきと仕事をこなせる様になっていきました。
彼女が一人で巡回する姿は、私にとっても喜びでした。

母が旅立った朝、彼女も母を見送りに来てくれました。
その時、涙を浮かべた彼女にかけるべき言葉をかけられませんでした。
その言葉をここに記します。
彼女だけでなく、全ての看護師さんへ。
『辛いことがある仕事だけど、笑顔を忘れないで。その笑顔で患者は救われるのだから。』
彼女は立派なナースになってくれるでしょうか?






選挙の季節





ども。
prometheです。
すっかり御無沙汰しています。
半年ぶりの更新になります。
元々ゆるく更新していくつもりではいたのですが、半年というのは自分でも想定外です。

この半年間プライベートで色々ありまして、いろんなものを背負い込み過ぎてしまいました。
それらの中には仕方なく背負ったものもありますが、私自身が身の程知らずの愚か者で、
自ら好んで背負ったものもありました。
背負い過ぎて、重すぎて、でも次から次へと新たに重荷を引き受け続ける日々でした。
まだ終わってないんですけど、ね。
ブログの更新も気になっていて、下書きとして書きかけていた記事もあります。
ただ、今はその続きを書き続ける気力がありません。
それで、今回はとりあえずの更新です。
ご容赦を。
                            *
                            *
                            *
もうすぐ選挙がある。
本来は参院選挙だが、衆院を解散しての総選挙に持ち込もうという話もある。
選挙についてはこれまでも何度か触れてきたし、言いたいことはたくさんあるけれど、
とりあえず、『皆さん選挙に行くのはやめましょう!』と言いたい。
投票率を極限まで下げるのが目的なのだ。
そうなると有権者の大部分が投票していない訳で、そんな選挙で勝ったとしても、
国民の信任があるか非常に怪しいものになる。
そうしておいて、我々国民のコンセンサスを集約し、直接政治家達に要求する。
それが僕の思い描く戦略だ。

何度目かの繰り返しになるけど、僕らが持っているのは選挙権じゃないんだ。
参政権なんだ。
両者は大いに違うのだ。
政治家やおバカなマスコミ達は故意に、あるいは無知から両者を混同し、
『必ず選挙に行きましょう!』などとのたまう。
だけど、国民の全てが投票したってこの国は良くなりはしない。
もうそろそろ、学習すべきだよ。我々国民も。


んで、選挙が本格化する前に、皆にも考えて欲しくって。
まずは政党に言いたいこと。
【共産党へ】
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最近、街でよく見かけるポスター
『力あわせ、未来をひらく』、良い言葉ですね~。
でも、実際には力をあわせてくれる人はいないんだよねー。
だから、自分の右手と左手で力をあわせているのです。
一見何気ないポスターだけど、
実は共産党のショボい現状を的確に表した、秀逸なポスターなのですね。

日本共産党は終戦後の混乱の中で、朝鮮人の団体と計らって武装蜂起をしようとした。
中国共産党の武装革命の成功に刺激を受けて。
今の日本共産党にとっては『過去の事』『反省は済んでいる』という事になるのかもしれないが、
周りはそうは思っちゃいない。
古人は『君子豹変す』と言い、
また、『過ちを改るに、自ら誤ったとさえ思いつかば、それにて良し』と言った。
だけどそれは、個人レベルでの話であり、また小事であるから許されることであり、
集団であり、または大事を起こしたのなら、それでは済まないんだ。
公式な謝罪はもちろん、『真に反省している』という事を行動でもって示さなければならない。
それも継続的に。
さらに、その大事が社会を震撼させるほどの大事であったならば、贖罪も必須となる。
共産党はそれらをやっていない。
だから世間から色眼鏡で見続けられるんだ。
だから朝鮮総連と共に『危険団体』としてマークされ続けているんだよ。公安から。

共産党はそれらをやるべきなんだ。
それをやらないままではどんなにまともな事を言ったって、良い事を言ったって、
誰も相手にしてくれはしない。
今回の『オリーブの木』でもそうだっただろ?

共産党が真にこの国のためになろうと欲するなら、それは避けては通れない事なんだ。


【旧民主党】
お前等の罪は重い。
なお悪いのは、お前等がそれを自覚していないことだ。
反省の『は』の字も見えない。

民主党の罪―。
それは単にダメ政治で国民をがっかりさせただけではない。
恥をさらし、国益を大きく損なっただけじゃない。
時間を、貴重な時間を浪費しただけじゃない。
最大の罪。
それは国民に、『僕たちには選択肢が無いのだ』という事実を突き付けたことだ。
目の前に複数の選択肢があり、
それらが競い合って質を高めていくことが民主主義の利点なのだとすれば、
選択肢がないということは、それは、民主主義の敗北、民主主義の終焉を意味する。
形式としては民主主義を採りながら実態は民主主義でない場合、一党独裁にならざるを得ない。
そしてそれは『政治家の質の劣化』を併発する。
今の政界が正にそれじゃないか!
この独裁は続くよ。
政治家の劣化も。
そしてその終点は・・・、『幸福』とはほど遠いものだろう。
その発端を作ったのが民主党だ。

民主党は怠慢であった。
例えば、『政治主導』。
官僚たちは優秀だ。
元々優秀な人間が一つの事を長きにわたって取り組むのだから、
一夜漬けの浅薄な知識で彼らに対抗できるはずはないのだ。
何の準備もしなければ、ね。
長妻クンがいい例だ。
結果として、頭ごなしの命令を出すしかなくて、混乱と遅滞を招く。

官僚は確かに優秀かもしれない。
だが彼らの存在意義は『国というシステムを円滑に運営する事』のみにある。
だから官僚たちは、基本、保守的である。
それでいて『緩やかな膨張』を信じている。
自民党がやっているように、官僚に国の運営を任せれば、彼らは上手にやってのける。
表面上は。
だけどそれだけなんだ。
システムが疲弊し、あるいは時流に合わなくなっても、彼等官僚に変革はできない。
危機を予測はできても、折れかかった枝から安全な枝に飛び移る事は出来ない。
それが『官僚政治』の限界。
これが現在この国が置かれている危機の原因なんだよ。
この国の不幸は官僚政治が長く続いている事にある。
長く続く事によって、彼らは増長し、また、
『なぜ国というシステムを円滑に運営しなくてはならないのか?』を考えなくなった。
だから、彼らは『省益』などと平然と口にする。
もはや彼等官僚は、優秀だけれども役に立たない存在になり下がった。
僕ら国民にとって。

官僚政治は自民党が始めた事だ。
だからその罪は全く自民党の罪であるけれど、それを打破できなかったのは民主党の罪。

官僚政治を打破するには、一時的であっても官僚と敵対する必要がある。
頭を押さえる必要がある。
それには、官僚の生態を知悉し、彼らの思考法を熟知し、
官僚の対岸に立つ者たちの助力が必要なんだ。
即ち、元官僚。
『官僚』という枠組みからはみ出した人たち。
『危なくなった枝から丈夫な枝に飛び移る事を主張した人たち』、と言っても良い。
彼らの力を借り、官僚の頭を押さえ、より良いビジョンを提示していく。
そうしておきながら、政治家は、『より大きな行動原理』を示すのだ。
何が目的なのか?
なぜそうする必要があるのか?
この政策で何を実現したいのか?
それを『統合された理論』『広い視野で長い期間を考えたビジョン』で表す。
官僚たちは頭が良い。
だから、見切りも早い。
政治家の言う事に理があると理解したら、きっと従ってくる。
それでこそ本当の『政治主導』と言えるのだ。
なのに、お前等ときたら・・・・・、中二病かよっ!

それから、前原!
お前にはがっかりだよ。
八ッ場ダムの件では本当に失望した。
『これが民主党のやり方か』と深く失望した。
ただ方向が正反対なだけで、やってる事は自民党と同じじゃないか。
頭ごなしに方針をゴリ押しするだけだなんて・・・。
お前確か、子供時代に父親を亡くして苦労したとか言ってたな。
普通、苦労した人間は人の痛みに敏感になる。
それが政策や行動に反映されれば、民主主義の政治家として大いに信頼できる。
なのに、なぜ、八ッ場の人たちの事を考えてあげなかった?
なぜ、八ッ場の人たちの心に寄り添おうとしなかった?
最低だよ、お前は。
人格に好影響を与えない苦労なんて、単なる『お涙ちょうだい』だ。
そしてお涙ちょうだいが必要なのは、政治家としての力量が足りないからだ。
一人の人間として浅薄だからだ。
お前は権力をもてあそんで喜んでいるただのガキだ。

それから、おい、野ブタぁ!
・・・。あれ?なんか違う・・・。
???
??


間違えた!もとい、おい、野田ぁ!
お前もふざけんじゃねえ!
『小沢一郎が党を割ったから、彼と組むことはできない』だとぉ?
それは私怨だろ?
政治家の判断として第一に求められるのは、『いま何が必要なのか?』という状況判断だ。
今は自民党の暴走を抑えることが最優先課題だ。
その為には全野党の結集が必要なんだ。
なのに、私怨と公私混同して最善の判断が出来ないなんて。
こんな奴が総理大臣やってたなんて・・・。
恐ろしい!

そもそも変わったのは民主党の方だろ?
正確に言うと民主党の主流派、だけど。
お前ら民主党は政権奪取前には『機密費を公開します』と言っていた筈だ。
あれ、どうなったの?
何で後悔しないの?
これって、国民に対する裏切りだよ?
詐欺だよ?
対して、小沢一郎はブレていない。
民主党の党首だったころから今に至るまで、『国民の生活が第一』と言い続けている。
全然ブレていないんだ。
これは政治家として大事なことだ。

野田ぁ、お前等は単に『嫌い』な小沢クンを『仲良しグループ』から排除しただけなんだ。
それを小沢クンに責任転嫁するなんて、もう、ダメダメだよ。人として。
政治家として、以前に。
お前ら民主党が惨敗したのは、小沢一派が離党して党勢が弱まったためじゃない。
お前ら民主党主流派のヘボ政治に国民が『no!』を出したからなんだ。
お前等の裏切りに国民が辟易としてお前等を見限ったからだ。
そして、お前のやった『自公との野合による消費増税の決定』に国民の怒りが爆発したからだ。
人のせいにしてんじゃねーよ!

≪お詫び≫
野ブタさん、すみません。
はずみとはいえ、よりによってあんなクズと間違えてしまいました。
申し訳ありません。
さぞ御不快の事でしょう。
心からお詫び申し上げます。


【自民党へ】
早く滅びろ。


次に政党以外に。
【安倍君へ】
フクシマもまだ終息していないのに原発を稼働させて、あまりにも無責任じゃないですか。
何よりも原発を稼働させるという事は、大量の核廃棄物が出る。
核燃料サイクルなんて机上の空論に執着するという事は、高レベル廃棄物が出るという事。
これから初期の原発はどんどん寿命を迎える。
すると反応炉を含む膨大な量の核廃棄物が出る。
反応炉の処理方法は未だ確立されていない。
廃棄物は最終的には『地層処理』される。
地震列島で活断層だらけのこの国のどこに安定な地層があるのですか?
因みに地層処理なんて推進派の科学者だって『今後100年は無理!』っていうようなものですよ?
自分が『無責任じゃない』とおっしゃるなら、ご自分の選挙区に最終処分場を誘致するべきです。
それくらいの覚悟を示して下さい。
どうぞご検討を。


【創価学会へ】
そして、現時点における諸悪の根源が、お前達創価学会だ。
勿論、その自覚は無いのだろうが。

なぜか?
創価学会は言わずと知れた、公明党の支持母体だ。
創価学会の組織票があっての公明党だ。
その公明党が何をしているか?
自民党の腰巾着となってこの国が悪い方へ向かう手助けをしている。
自民党の主義主張は『利益誘導』だし、
その政治理念は『日本の、日本による、アメリカ政府のための政治』だ。
そんな党が牛耳っていて、この国がいい方向に向かう筈が無いじゃないか。
だから、今僕らが感じている息苦しさ・痛みは必然なんだ。

そんな自民党だから、時々窮地に追い込まれる。
だが、そんなときになぜか必ず救済者が現れる。
   (自民党が持ってくる利益って、相当、美味しいのだろうね。
   今話題の舛添クン。
   彼が政治家になる前、まだ堅気の人間で、深夜テレビに出てた時の話。
   自民党から、北海道知事に立候補しないか誘いを受けたそうだ。
   その時、『領収書のいらないお金はもらい放題だ』と言って誘われたと言っていた。
   彼はその後、人道を踏み外し、政治家になった。
   僕は思った。
   『あ~、舛添クンって、領収書のいらないお金が欲しかったんだな~』と。)
ここ最近はもっぱら公明党がその役割を担っている。
っていうか、もはや完全に腰巾着と化し、
支持母体である創価学会よりも自民党に近しいのではないか?

それを感じさせたのが集団的自衛権を巡る一連の動きだ。
創価学会がいち早く『反対!』の立場を表明したのに、公明党は自民党に加担した。
本来なら、あるべからざる行為だ。
集団的自衛権によって日本は戦争に近付いた。
創価学会は、この国に戦争をさせたいのか?

創価学会は元々日蓮宗の流れをくむ新興宗教だ。
その始祖・日蓮は、最終戦争論を唱え、この国の行く末を案じて布教活動をした人だ。
その教義的末裔たる創価学会が、この国が悪い方に行く手伝いをしているのだ。
間接的にではあるけれど。
このままでは始祖に顔向けが出来まい。

創価学会の上層部には、今回の選挙、『自・公以外の政党に投票せよ』との英断を期待する。


【有権者の皆さんへ】
小沢一郎を再評価しよう。

確かに彼は悪人面だ。
彼の『剛腕』のせいもあって、すこぶるイメージが悪い。
だ・け・ど。
それは本当に彼の実像なの?
マスコミの流布するイメージが常に正しいとは限らない。
例えば先の疑惑だって、その内実は収支報告書に多少の不手際があったにせよ、
基本的には邪推に基づいた憶測にすぎない。
同時期に騒がれた鳩山星人の疑惑の方がよっぽど悪質だ。
なにせ、収支報告書が『作文』なのだから。
なのに小沢氏のみが立件されたのは、
何としてでも彼を貶めようとする何者かの意図が介在していることを暗示している。
彼にしてみれば、街を歩いていてチンピラにからまれたようなものだ。

政治家を評価するとき、好悪の感情で判断するのは間違いだ。
個人的には、①力量
         ②思想
         ③信念
で評価すべきと思う。
今回皆さんによく考えてもらいたいのは、②、③の部分なんだ。
先にも書いたが、小沢一郎は民主党の党首時代から一貫して
『国民の生活が第一』と言い続けている。
少なくとも彼の主張はここ数年間ブレていない。
そして、それは、今僕らが一番欲している事なのではないかい?
今僕らの生活は、年々苦しくなっていないかい?
大多数の人間が望んでいる事を実行する、それでこそ民主主義の政治家ではないか!
後は小沢氏が、それを実現するための具体的方策をどのくらい持っているか、だが・・・。

今小沢氏が置かれている状況は、彼の力量にそぐわない、不当なものだ。
小沢一郎という政治家は、『毒』かもしれない。
だが、その毒が政界・官界に効果を示すなら、
彼の再評価はこの国を良い方向に向ける一助となるかもしれない。

                                           〈了〉



* 僕の日常
地図を見ていた。
南太平洋に、エロマンガ島という島を見つけた。
20141204_48086.jpg
やはり、この島の住人は、
未亡人とか、年の近い義母とか、ナースとか、巫女さんとか、
学校の先生とか、実の兄妹とかばかりなのだろうか?



* 今週の一曲
EL&P  『Fanfare For The Common Man(庶民のファンファーレ)』



ELP四部作+3(K2HD HQCD/紙ジャケット仕様)

ELP四部作+3(K2HD HQCD/紙ジャケット仕様)

  • アーティスト: エマーソン、レイク&パーマー,キース・エマーソン,カール・パーマー
  • 出版社/メーカー: ビクターエンタテインメント
  • 発売日: 2012/05/23
  • メディア: CD



『死刑台のブッシュ』




今巻はエロ成分が少ないのでミニイラスト集付きの特装版がオススメ



☆処刑台のブッシュ
今年ももう終わりが近づいている。
今年はテロに始まりテロに終わる、そんな年になりそうだ。
僕たちはこんな風に軽々しく『テロ』と口にするが、
時々『テロってなんだろう?』と考えてしまうことがある。
例えば『インディペンデンス・デイ』という映画がある。
宇宙人の侵略を受けいったんは征服されるが、
そこから反攻作戦を行い宇宙人を撃退するというストーリーだ。
original.jpg
 映画『インディペンデンス・デイ』より

でもこれって地球人目線で見ると『反攻作戦』だが、
宇宙人の視点で見ると『地球人によるテロ』ってことにならないだろうか?

もうひとつ例を挙げると、『ロシア・劇場占拠事件』。
プーチン大統領は即座に『これはテロだ』と断言した。
この事件はチェチェンゲリラの仕業だが、
チェチェンゲリラはアフガニスタンの反政府勢力(当時)『北部同盟』による戦闘訓練を受けていた。
そして『北部同盟』はアメリカの支援を受けていた・・・。
そーするとアメリカは間接的にではあるが、『テロ支援国家』ということにならないか?
アメリカが、『テロは許さない。テロ支援国家も許さない』というのなら、
米軍はワシントンを空爆せねばなるまい。

当時ロシアはカスピ海の湖底から出る石油で潤っていた。
その石油を欧州各国に送るパイプラインがチェチェンを通っていたんだ。
民族問題・宗教問題を抱え、以前から独立の気運の高いチェチェンに火が付けば、
ロシアの利益を削ぐことができる。
そうしておいてアメリカはカスピ海の石油を自分の庭同然のインド洋に引っ張ってこようとした・・・。
その為のアフガニスタンへの武力介入だった。
それから十数年たった今でもアフガンは収まらず、
アメリカ社会の『のどに突き刺さった骨』と化しているのは天罰であろう。

そういう背景を踏まえた上で、先のプーチン大統領の『テロだ』との言葉を考えると、
アメリカへの非難とあてこすりだと思われる。


話が飛躍しちゃったね。
とにかく、何が言いたかったのかというと、
『テロ=悪と単純に考えてはいけない』、ということなんだ。
テロが忌み嫌われるのは、平凡な日々を送っている無辜の人々を巻き込むからだろうが、
それを言ったらアメリカはイラクやアフガンでどれだけの無辜の人たちの命を奪った?
イラク戦争での戦争終了後の民間人の死者だけをとってみても、
少ない方の数で8万人、大きい方では120万以上という推計が出ている。
数字のばらつきの原因の一つは、推計が成された時期・機関にばらつきがあるからだが、
ばらつきが大きいこと、実数ではなく推計に頼らざるを得ない原因は、
当事者であるアメリカが被害者数を『数えていない』からだ。
単純に被害者数だけ見ればどちらがより『非人道的』であるか、一目瞭然だろう。

さらにはアメリカが好んで使っている無人攻撃機。
最近発表されたデータによると、
これにより殺害された人々の9割以上が『人違い』なのだそうだ。
それでもこれの使用をやめないアメリカは、単に人殺しを楽しんでるとしか思えない。
こんな国が、テロでの数10人の犠牲に激昂する権利はないと思う。


歴史の上から見ると現在起きているテロの原因は、欧米列強の干渉にある思われる。
バルフォア宣言やサイクス=ピコ条約など、中東地域の事を欧米が勝手に決めている。
この非人道的な考え方は植民地政策の一端なのだろうけど、
普通、こんなことをされて怒らない奴はいないだろう。

  植民地政策については、アドルフ=ヒトラーが書いたとされる『わが闘争』の中にも記述がある。  
  その中でヒトラーは(強い国が)植民地を持つことは天与の権利であるかの様に謳っている。
  唾棄すべき考え方だが、それが当時の欧米諸国の人々の一般的な思考だったのだろう。

極めつけがイスラエルの建国だ。
米英のゴリ押しでイスラエルを建国したことは、20世紀最大の愚行だと思う。
これに続く一連の中東戦争は、
中東の人々が米英の蛮行に対し真っ当な手段で抵抗を試みた戦争なんだ。
それに負けると、表面的にはおとなしくなる。
だが、中東の人々の多くはイスラム教徒である。
そしてイスラム教は『復讐』を容認する宗教だ。
決して恨みを忘れることはない。
そして陰にこもった恨みは、加速し、先鋭化する。
シーア派にしろ、ヒズボラにしろ、アルカイダにしろ、そしてイスラム国にしろ、
欧米が中東に手出しするごとに、より過激な集団が現れる。
抵抗の集団もより過激化していく。

この連鎖を止める唯一の方法は、欧米が中東から手を引くことだ。
それにはまず、過去の『植民地主義』への反省と贖罪が必要だろう。
それなしに我々人類に明るい未来は来ないと思う。
とりあえずは今のシリア問題を平和的に解決することが先決だけど。


アメリカは事あるごとに『自由と民主主義』と口にする。
イラク戦争が終結した時もそうだった。
『イラクの人々に自由と民主主義をもたらした』と誇らしげに謳っていた。
全く、おめでたい国だ。
しかし、だよ。
自由はそれが強制された瞬間に『自由』ではなくなる。
民主主義は―、恐らく民主主義を一番理解していない国はアメリカだ。
民主主義というのは一人一人の人間に天与の権利があり、
それを互いに認め合うことから始まる。
生まれや、国籍や、宗教や、民族や、貧富の違いや、主義主張の違い、強者と弱者の違い、
それらをすべて乗り越えて互いに認め、尊重しあう、それが民主主義だ。
突き詰めれば、『人類はみな平等』なんだ。
だから、テロで自国民が数十人、あるいは数千人殺されたからといってそれに激昂し、
中東の罪のない人々を何万、何十万単位で殺戮する欧米諸国のやり方は、
決定的に民主主義の思想とは相いれない。
まして罪のない人々を殺戮し、その数を『数えていない』など、野蛮人の行為以外の何物でもない。
アメリカが真に民主主義国家だと主張し、それを世界中に広めようと考えるのなら、
まず自国を、自国民を『特別な存在』と考えるのを止めねばならない。
勿論、大統領だからって、特別扱いはなしだ。
そこでブッシュなんだ。

ブッシュは9.11の後、『イラクが大量破壊兵器を持っている』と難癖をつけイラク戦争を始めた。
戦争の後、大規模な捜索にもかかわらず大量破壊兵器は見つからなかったけれど。
この戦争は国際法違反であり、
また、ブッシュ政権発足当時からイラクは攻撃目標だったとの証言もある。
だとしたら大量破壊兵器は全くの口実であって、イラク攻撃自体が目的だった事になる。
また、最近、ブッシュと共に主導的役割を果たしたブレア元英国首相が、
『あの戦争は間違いだった』と述懐している。

つまりこの戦争はブッシュに好意的に見ても『間違った戦争』であり、
批判的に見ればブッシュの個人的思惑から来た『私戦』だったことになる。
いずれにしても、そこには何ら正義はない。
この様な指導者を、民主主義は看過すべきではない。
きちんと裁判にかけ、それ相応の罰を与えるべきだ。
そうしないと『公平性』は保てない。
それは即ち、『民主主義の敗北、もしくは放棄』を表す。
そして、もう一方の当事者であるサダム=フセインは処刑された。

公平性という見地から見れば、ブッシュは当然処刑台に上らねばならない。
勿論、ブッシュだけではない。
ブッシュに加担した各国の当時の指導者たちも、相応の罰を受けるべきだ。
『強者が弱者を蹂躙する』植民地主義から続くこの不毛な連鎖を止めるには、
強者がそれなりの覚悟を示す必要がある。
そうしてこそ、強者は弱者からの信頼を得ることができる。


ブッシュが処刑台に上がる日―。
それは我々人類が、新たな、平和の扉を開ける日になるだろう。
                                           〈了〉


あとがき
今回、全くのおふざけなしで書いてしまった・・・。
ふぅ~、疲れた。
『フルシリアスモード』は疲れるぜ。
という訳で、息抜きに、おっぱい
な~んて言ってみました。
それではみなさん、よいお年を~!


☆日常の風景~嫁紹介~
更新が遅いせいで嫁たちの紹介も遅れてしまいました。
今回一気に紹介します。
では、5月から。

5月は『アリアンロッド』ちゃんです。
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元イラストが気にいっての購入です。
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全体。おしり、丸見えです。
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困ったことにアリアンロッドちゃん、パンツがきわどいです。
しかもはずれます(キャストオフというのですが)。
そして、外すとそこには…良い子の皆さんにはお見せできないものが・・・。
という訳で自主規制です。

6月は『レーシングミク2012ver.』です。
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以前は初音ミクには興味なかったのですが、
にわかに気になりだしたのはlunamariaさんの影響なのでしょう。
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来年はミクちゃんが増えそうな気がします。

7月は『艦これ』の『大和』ちゃん。
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性格の良さそうなところが魅力的です。
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全体。お行儀も良いですね。
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横から。スカートの横に空いた穴がグッドです。
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ちょっと気になるのは大和ちゃんの左手です。腿の間に挟まっています。
俺『大和ちゃん。オナニーしてたでしょ?』
大和ちゃん『・・・違います・・・。内腿に触れていただけです・・・。』
ハハハ。恥ずかしそうにして、かわいいんだから。
因みに内腿は大和ちゃんの性感帯です。

8月。
『ストライク・ウィッチーズ』の『ゲルトルート・バルクホルン』ちゃんです。
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今年のDVD観賞のヘビーローテーションは『艦これ』と『ストライク・ウィッチーズ』でした。
その中でお気に入りがこのトゥルーデ(ゲルトルートの愛称)ちゃんです。
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小銃を2丁持って勇ましいです。
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バストショット。
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あぁ。トゥルーデちゃん、そんなに足を開くと処○膜が・・・。
しかし、なんですな。
『ストライク・ウィッチーズ』の、女の子がパンツまる出しという世界観は良いですなぁ。

9月。
『アイリスちゃん(零式)』です。
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当初予定していた『レーシングミク2014ver.』の評判が芳しくなかったので急きょ登板です。
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全体。アイリスちゃん、ナイスバディです。
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バストショット。
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下半身のアップ。ノーマルなお腹フェチの僕としてはすごく好みのお腹・・・。
ちなみにこのパンツ、実は脱がせることができます。
そして、その中には・・・、言えねえ言えねえ、もう言えねえ!

10月は再び『艦これ』から、『雪風ちゃん』大破ver.です。
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『やっちゃた』顔が可愛いです。
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全体。パンツを隠そうとしてる仕草もかわいいです。
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パンツの後ろに名前が書いてます(笑)。

11月は○○ちゃんです。
名前、知りません。てゆーか、そもそもパッケージにも書いてないのです。
いわゆる、『キャラ買い』というやつです。
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でも、かわいいから良いか。
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全体。スタイル良いですね。
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後ろから。こっちもナイスです。
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バストショット。夏の日の、忘れられない一コマのようで、良い感じです。

12月は『ToLOVEる ダークネス』から、『西蓮寺春菜』ちゃんです。
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ランジェリー姿がキュートですね。
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全体。
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後ろから。
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体をひねった感じが良いですね。
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小振りなおしりも良いですなぁ。
ところでこの春菜ちゃん、同作のキャラのランジェリーシリーズの3作目です。
以前に、モモちゃん、芽亜ちゃんが出ています。
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3人並べるとこんな感じ。このシリーズ、大好物なんです。
だからぜひ続けて欲しいな~って思っています。
マックスさん(=マックスファクトリー メーカーさんです)、次はぜひ、小手川唯でいきましょう。
闇ちゃんも良いな~。ええぃ、ついでにルンちゃんと霧崎恭子ちゃんも脱がせてしまおう!
マックスさん、お願いしますよ。




今週の一曲
MELL 『Red fraction』

BLACK LAGOON ORIGINAL SOUND TRACK

BLACK LAGOON ORIGINAL SOUND TRACK

  • アーティスト: TVサントラ
  • 出版社/メーカー: ジェネオン エンタテインメント
  • 発売日: 2006/08/30
  • メディア: CD

アニメ『BLACK LAGOON』のオープニングテーマ。
MELLさんのヴォーカルが鮮烈。MELLさんの復帰を祈ります。


『冴えない政治家の育て方 & 日常の風景』




割と面白い。アンドロイド・アルマが魅力的。


* 冴えない政治家の育て方

『日本は経済は一流だけど、政治は三流』と言われて久しい。
今は三流であるかすら、怪しい。
昨今の政治家の不祥事を見ていると、もうすでに『予選落ち』なのではないかと思う。
年々程度が低くなっている気がしているのは、僕だけだろうか?
政治家の不祥事をニュースで見るたび、『こんな奴いらねーよ!』と思うのだが、
それでも、原理・原則的には政治家が国を動かす事は、動かしがたい現実でもある。
『ならば、育てよう!』と思うのだが、それすらこのダメダメ連中が決めるのだ。
そしてこいつら政治家は、
『国民に厳しく!政治家には優しく!』という言葉を座右の銘にしている。
だから、天地がひっくりかえらない限りは日本の政治家のレベルが上がる事は、ない。

可能性があるとすれば、国民が連中に対して圧力をかけることだろう。
『政治家の質が向上するための施策』を要求するのだ。
それも、激しく。
んで、僕はその時を夢見て、勝手に政治家を育てるための施策を考えてみた。


まず大前提として言っておきたいのは、
自らの待遇・処遇を自らが決める事はフェアじゃないということだ。
一般社会においてそんな事が出来るのは、中小企業の社長くらいのものだろう。
大部分の人々は誰かから決められた待遇に甘んじている。
また、それでいいのだと思う。
全ての人が自らの待遇を自分で決めていたら、収拾がつかなくなる。
会社は経営が成り立たなくなるし、ひいては社会自体の存立にかかわる。
民主主義の政治家も、そうあるべきだ。
国会議員の待遇は、国会議員の預かり知らぬところで、
彼らと何の利害関係のない人々によって決められるべきなんだ。
そして政治家は、その決定された待遇に甘んじなければならない。
これが大前提。


冴えない政治家でも育てなきゃならない。
その為に、3つの柱を立てた。
 ① 政治家の待遇の見直し
 ② 選挙制度の変更
 ③ 政治献金改革
これら3つの柱で持って、政治家を鍛えるのじゃ。


① 政治家の待遇見直し

現代は民主主義の時代である。
多くの国と同様、我が国は間接民主主義をとっている。
候補者が政治家となるためには、多くの人に投票してもらう必要がある。
そして、政治家が真の意味で国民の代表であるためには、
国民に近い感性を持っていなければならない
同時にまた、現代は経済社会でもある。
富める者と乏しき者とではその感性は大いに違う。
殊に昨今は『格差社会』が問題になっており、その差異は看過できないものになっている。
そして経済観念は『感性』を決定する重要なファクターである。
だから、『政治家の給与をいくらにするか?』という問題は、
実は政治家が本当の意味で国民の代表であるか、その資格を問う問題なのだ。

そういう観点で言えば現在の給与は高すぎる。
明らかに。
『政治家は国民と共に歩む』事が民主主義の要点であるならば、
政治家の給与は国民の平均所得をベースにして、
それに一定の係数をかけた額にすべきだと思う。
そしてその係数は最大でも1.5を超えない値であるべきだ。
厚生労働省による平成22年の国民生活基礎調査によると、所得の平均額は550万円。
この値に1.5の係数をかけると825万円となる。
この位がちょうどよい。
実際、スゥェーデン(だったと思う)などはこの位なんだ。

政治家の多くは『政治家』の外に肩書を持っている場合が多いけど、これもダメ。
所得が多くなりすぎると国民の感性との乖離が大きくなるし、
何より政治家は公正・中立でなくてはならない。
別の肩書を持つことによって、特定の団体・勢力・趣向に傾く事があってはイケナイ。
どこかの『ラグビーバカ』のように。

議員の総数は、とりあえず半分にする。
ここで必要なのは、都会に住んでる人が『一票の格差』を持ち出さないことだ。
都会に住むメリット・デメリット。
田舎に住むメリット・デメリット。
双方あって良いと思う。
都会には充実したインフラや文化の集積、厚遇な職場など多くのメリットがある。
この位のデメリットは甘受すべき。
そうしないと議員定数の削減はできない。

それから、議員会館や宿舎は簡素なものにする。
豪奢な施設は売却すべし。

政治家は『名誉職』であるべきだ。
政治家という職業に実利やステイタスを求める風潮は徹底して排除しなければならない。


② 選挙制度の変更

まず、『金のかからない選挙』を目指そう!
その為には政治家の言い分など無視して、定額制にする。
選挙資金を、例えば1000万円なら1000万円という上限を全ての候補者に義務付ける。
その中で各々工夫して選挙活動を行えば良い。
もしも超えたら、アウト。

現行の小選挙区比例代表並立制を廃し、小選挙区のみにする。
元々現行制度は『二大政党制』を実現するためのものだ。
しかし、以前に書いたように二大政党制という『夢』は儚く消えた。
現行制度を取り続ける意味がない。
それに比例代表制の問題点も明白になってきた。
比例代表制は、『国民が責任をとれない政治家』を生み出してしまうんだ。
例のバカ女みたいに。

現在はネットが発達している。
これを活かさない手はない。
それに、マイナンバー制度などという費用対効果が不明瞭な制度もできた。
こいつも活かそう!
選挙で投票して、『ハイ、これで終わり』、ではなくしてしまうのだ。
例えば一度投票した候補が何か不祥事を起こしたとする。
有権者はその候補に投じた一票を、
ネットを通じていつでも、好きな時に撤回できるようにする。
そして半年ごとにそれを集計して、議員の入れ替えをするのだ。
そうすれば政治家は自らの言動に気をつけるだろうし、不祥事も減る。
さらなる効果として、例えば、政権を取ったからといって数の暴力で
国民の大多数が反対する法案をゴリ押しするような事態を減らす事も出来るだろう。

ネットとマイナンバーの活用はそれだけにはとどまらない。
重要な案件については、これを用いて国民の意識調査をすることができる。
国民からの声で意識調査を行っても良い。
リアルタイムで国民の意思が確かめられる。
これは民主主義においては重要な事だ。
民主主義においては国民の意思が最重要であるべきなんだ。
政治家の視点で見て、どんなに愚昧であり、困難な道であったとしても、
国民がそれを望むのなら、政治家はその道を進まなければならない。
それが本来の民主主義の姿なんだ。
ネットを使えない人は、窓口対応にすればいい。

これまで何度か言及してきたけれど、我々が持つのは選挙権ではなく『参政権』だ。
それを選挙権のみであるかのように矮小化する、政治家の詭弁に騙され続けてはいけない。
我々国民が参政権を主体的に行使できるようにするべきなんだ。
これはその為の一手だ。
副次的な効果として、国民の意識が高まるであろうことも付記しておく。


③ 政治献金改革

これも以前に書いたが、政治献金がらみの不祥事が多い。
マスコミを喜ばせるだけの不祥事なんていらない。
これが後を絶たないのは、『入る』部分が見えにくいせいだ。
それはきっと、政治家にとって都合のいい事なのだろう。
だからまず、全ての政治献金はいったん国の窓口に入れるようにする。
そして、政治家の側も政治資金管理団体は一つにする。
もしもそれ以外の献金が見つかったときには、裏献金とみなし、処分の対象とする。
これで政治家にたどり着くまでの資金の流れが全て公となる。

窓口では、預かった政治献金を6カ月の間プールする。
これは経過期間として設ける。
献金者は、この期間中に気が変わったら、いつでも取りやめられる。
窓口は速やかに献金を返還する。
これも『国民が主体的に参政権を行使する』ための施策だ。

経過期間を設けるもう一つの理由は、プールしている間に発生する利息を国庫に入れるためだ。
政治資金の総額は莫大な金額になるだろう。
その資金を、短期間とはいえ一つの銀行に預けた時に発生する利息もバカにならない額になる筈。
バカな政治家共が馬鹿な国家予算を毎年毎年組み続け、
膨らみきった借金を少しでも減らすための工夫だ。
元々は政治家のバカのせいで膨らんだ借金を減らそうというのだから、
この位は協力してもらわないと。
国民に更なる負担をかける前に。

現在の『政党交付金』は、規模を減らして政党ではなく議員単位にするべき。
政党というのは、主義・主張を同じくする人の集まりなんだ。
政治家が交付金欲しさに野合をすることは百害あって一利なしだから。

『入り』の部分が明確になれば、後は政治家本人の責任になる。
勿論、『入り』の部分はリアルタイムで公表する。
だから、『どこから』『誰に』『幾ら』献金が流れているかが明瞭になる。
その政治家の言動をチェックしてみれば、
政治家が特定の団体の利益を代弁しているかどうかもわかるのだ。



ふぅ~。
疲れた。
全く、バカな政治家を持つと、国民は苦労するよ。

                                      〈了〉



* 日常の風景5 [声なき者の聲]

何気ない日常。
ただただ当たり前に過ぎていく時間。
そんなありきたりの日々の中にも、
もしかしたら特別な何かが潜んでいるかもしれない。
僕たちが見逃している何かがあるのかもしれない。
声なき者の聲を聞き、姿なき者の面影を追い、
そうして、この世を形作っている理を見出す―。
そんな試みをしてみたいと思いました。
その試みから僕が聞けた『聲』を紹介します。


その①
DSC00076.JPG
『私、燃えちゃう~!』
以上、ガスさんの叫びでした。

その②
DSC00077.JPG
ジョアさん(27歳・女性)です。
久しぶりにお見かけしたので、思わずお持ち帰りしてしまいました。
これを飲むと、ウルトラマンになれるかもしれません。
ジョアッチ!
なんちゃって。
それはさておき、最近のジョアさんにはストロー口があるんですねぇ。
DSC00079.JPG
なるほど。
ここにいきり立ったもの(ストロー)を挿入するのですね。
では早速勢いよく突き立てて(ストローを)見ましょう。
そ~れ!
あ、はずれた。
ジョアさん『あぁ、ダメ。そこじゃない!』

その③
DSC00074s.jpg
『いつものように、早く縛って~!』
以上、古新聞さんの叫びでした。

『声なき者の聲』シリーズ、次の登場は、多分、ない。
(ネタ思いついたらやるかもです。)




今週の一曲
SIMON & GARFUNKLE 『sound of sirence』



若き緑の日々

若き緑の日々

  • アーティスト: ポール・サイモン
  • 出版社/メーカー: ソニー・ミュージックレコーズ
  • 発売日: 1988/07/01
  • メディア: CD








『アホかお前は! & 日常の風景4』


黄昏の岸 暁の天 十二国記 (新潮文庫)

黄昏の岸 暁の天 十二国記 (新潮文庫)



不由美ぃ、早く続き書けよ・・・。


☆アホかお前は!
まったくもう!
政治家って、アホしかいないのか?

パート①
おい、麻生!
おまえだ、おまえ!
おまえだよ、麻生太郎!
『未曾有』を『みぞうゆう』に変えただけでは気が済まずに、また問題発言かよ。

 去る9月11日、財務省が消費税10%への増税時の負担軽減策を提案した。
 提案は、マイナンバー制度の個人番号カードを利用し、申請によって還付される、
 というものだ。
 突っ込みどころの多い提案である。
 批判に対し麻生は、『ケチつけるなら代替案を出さなきゃ』とのたまいやがった。

はぁ?
それじゃあ何かい、我々国民はお上(政治家&官僚)の決めた事には全て、
唯々諾々と従わなきゃならないのかい?
『良い制度』を作るのがおまえらお上の仕事じゃないのかい?
こんな突っ込みどころ満載の提案を出してきて、批判すら許されないってか?

ところがどっこい、現代は民主主義の時代だ。
我々国民は『参政権』を持っている。
断わっておくが『選挙権』ではない。
『参政権』なんだ。
お上がくだらない政策を提示してきた時は、それを批判したり拒絶したりしても良いのだ。
それでこそ、の『参政権』だ。
麻生はそれが分かっていない。
いや、それすら分かっていない、と言った方が正解か。
少なくともこれは民主主義の政治家の発想じゃあないね。
麻生。
あんたの脳ミソって、いったい何時代に作られたモノなの?
縄文時代?
いや、ジュラ紀か白亜紀くらいかな?

財務省の官僚たち!
お前らもさぁ、せめて『良い制度』を提案しろよ。
優秀なんだろ?
お前等って。
全ての国民、とは言わないが、大多数の国民が納得できる制度を出してこいよ。
その為に高い給料払ってんだぜ?
この提案はとてもじゃないが、『お優秀な官僚様方』の作った物とは思えない。
税の公平性すら担保されていないんだ。
マイナンバー制度の個人番号カードは申請によって交付される。
個人番号カードを交付する総務省によると、初年度の予算は1000万枚分しかない。
交付自体、最大でも年間4000万枚しか出来ない。
全ての国民が申請すると、3年はかかる計算になる。
増税される平成17年4月には、交付されるのは半数にも満たない。
つまり、還付を受けたくても受けられない人が出てくる訳だ。
最初から『不公平を容認した提案』なんだ、この提案は。

それとさぁ、お前ら、なぜ消費税増税なのか考えた事あるのか?
『増大する社会保障費に対応するため』とかなんとかごまかしているけど、
 (日本の社会保障は決してレベルの高いものではない。これについては別の機会に。)
その実、膨らみ続ける国の借金対策なのはバレバレだぜ。
その根底には国家予算の半分が借金なんてバカな予算を、
20年以上にわたって組み続けている政治家共の責任があるが、
その予算を作文したお前等官僚たちの責任も見逃せない。
少しでも反省の気持ちがあるのなら、良い施策である事も必要だが、
金のかからない施策を提案しろ!


麻生に戻る。
お前も政治家なら、大臣なら、しっかりと官僚を掌握しろ。
財務大臣なら、こんな提案作ってきた官僚はしからなきゃ。
官僚を擁護するんじゃなくてさ。
それが出来てこそ、民主主義の政治家だと言えるんだ。
あんまり国民をなめてると、その内痛い目にあうぞ。




パート②
武藤貴也!
次はお前だ!

お前、戦争に行きたいのか?
自分の子供を戦争に行かせたいのか?
若者たちの批判をする前に、自らを振り返って考えてみろ!
若者たちには若者たちの、ささやかだけど確かな幸福がある。
幸福を求める権利がある。
それを守る権利がある。
それらを捨てて他国の戦争に行く事を拒否して、何が悪い。
身勝手なのはお前の方だ!

それとも何か?
『自分は政治家だから、戦争には行かなくて良いんだ。命令する方だから』とでも思っているのか?
それなら大丈夫。
お前、次の選挙では絶対落ちるから。
それよりも、『政治家は特別』という思考の方が危険思想だ。


政治家は、『行動する権限』を与えられた存在である。
その権限は、国民をよりよい方へと導くためにのみ、行使されなくてはならない。
そしてそれは政治家に課せられた『義務』でもある。
だから、口先だけで良い事を言って行動が伴わない政治家は、全く何の価値もない。
行動しなくては何も変えられないし、
言行不一致なのは国民にとって迷惑以外の何物でもない。


そういう観点で見たら、武藤、今お前が成すべき事は、
即刻政治家を辞し、自衛隊に入隊することだ
発言した以上はその責任を取ってもらわないと。
そうしてこそ初めて、お前の若者批判は一定の説得力を持つんだ。
だから、さっさと入隊しろ!
色々スキャンダルもあるし、潮時だ。
 (それにしてもタイムリーにスキャンダルが出てくるね~。
 もしかしてマスコミってば、いろんな政治家のスキャンダルを出し惜しみしている・・・?)
あ。
自衛隊ってば、ホモは入隊できないんだった。
ん~、残念!


『民主主義になって戦争がしやすくなった』という筑紫哲也氏の言葉は、以前に紹介した。
民主主義を選択している以上、我々はこれを防ぐ手段を持たなくてはならない。
即ち、『政治家は直近の血族を一名以上自衛隊に入隊させねばならない』
という決まりを作るのだ。
そして、必ず最前線に配置させる。
こうしておけば、必要な戦争以外、政治家は戦争をしたくなくなるだろう。
『それはやり過ぎだ』と思うかい?

かつてフォークランド紛争という戦いがあった。
20世紀の事だ。
イギリスとアルゼンチンが南太平洋の小島の領有権を争った戦いだが、
この戦いの中、英王室のアンドリュー王子(エリザベス女王の次男)が最前線で戦っていた。
そしてエリザベス女王もアンドリューが最前線に出る事を容認したんだ。
『ノブレス・オブリージュ』の例として語られる事が多い史実だが、
この例に比べれば、たやすいことだ。

『職業選択の自由をうたった憲法に反する』と反論するかもしれない。
でも、政治家には、少なくとも与党の政治家にはそれを言う権利はない。
なにせ、今までさんざん憲法をないがしろにしてきたんだから。
今更憲法に守ってもらおうなんて・・・あまりにも都合、良すぎません?
『お前等がそれを言う?』って感じ(笑)。
ちなみに、憲法の保障する『職業選択の自由』には、
『公共の福祉に反しない限り』という但し書きが付く。
先の大戦を始め、そして敗戦した我が国が掲げる『平和主義』が見せかけではない事を、
広く世界に知らしめることは『公共の福祉』に合致すると思う。


と、言う訳で、武藤はまず戦場に行く。
これ、決定。
そして、安倍・中谷と一緒に竹槍を持って、先頭切って敵に突っ込んでもらう。
まぁ、確実に玉砕するだろうけど。
どうでもいっか。
こんな奴ら。



9月19日、安保法案可決。
自民党の横暴、ここに極まれり。
そして、その腰巾着・公明党の罪。
創価学会の良識が疑われる。
今後、違憲訴訟が始まるだろうけど、
そもそも安保法案の根底にある『集団的自衛権の行使』という大事を、
『閣議決定』という極めて不適切な手法で決めた安倍内閣の罪をしっかりと糾弾してほしい。



パート③
馬鹿な政治家は日本の専売特許かと思っていたら、ここにもいたか。
アメリカ・共和党の大統領候補、ドナルド・トランプだ。

日米同盟に関して、
『アメリカは日本を守らなきゃならないが、日本はアメリカを守る必要がない。不公平だ』と言う。
バカ言っちゃいけないよ!
『不公平』と言いたいのはこっちの方だ。

在日米軍の半数は海兵隊だ。
海兵隊は国土防衛の責を持たない。
『殴りこみ部隊』と揶揄されるゆえんである。
彼らは朝鮮有事・台湾有事に備えて配置されている。
つまりは『アメリカの国益』のため、だ。
本当ならアメリカが米軍駐留の対価を支払うべきところを、
逆に我が国はアメリカに対し、多大な負担を続けている。
いわば、『日本は国土防衛の一部を米軍に業務委託している』ようなものなのだ。
だから米軍が日本を守るのは当然のことなんだ。
それに、日本防衛自体、アメリカの国益にかなうことでもある。

トランプのように、事実に基づかない感情論で市民を扇動し、
人気を得る政治家は少なくない。
このタイプの政治家は、政治家としての能力が足りず、必ず失政をする。

これが小国なら大きな問題ではない。
その国の国民が馬鹿を見るだけで済む。
だが、アメリカの大統領となると話が違ってくる。
世界に与える影響力は絶大である。
僕が危惧するのは、もしもトランプが大統領になるような事になったら、
失政に対する批判から逃れるために、戦争を始めるのではないか、ということだ。
実際、クリントン元大統領が『青いドレス事件』から国民の目をそらすために、
ソマリア空爆を行った先例がある。
クリントン氏はトランプとは違ったタイプの政治家だったけれど。

ドナルド・トランプが大統領になる日―それは衆愚政治の勝利の日になるだろう。



アホな政治家のせいで国民が馬鹿を見る。
これは洋の東西を問わない真実だ。
我々はもっと、政治家を厳しいまなざしで見なければならない。

                                           〈了〉




☆日常の風景4~嫁紹介3月 & 4月~
3月の嫁
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3月はすーぱーそに子ちゃんです。

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ライブの余韻に浸るそに子ちゃん・・・。
色っぽいです。
でも、このそに子ちゃんは以前にlunamariaさんが紹介していました。
なので、ちょっとだけです。
lunamariaさんの写真には遠く及ばないので・・・。

DSC00025s.jpg
そに子ちゃん、よく見るとパンツのベルトとボタンも外しています・・・。
もしや、僕が脱がせやすいようにかな?
うぇっへっへっへ。

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特筆すべきなのは、おしり。
大きくて、魅力的です。
賢明なる皆様方にはお分かり頂けると思いますが、
『大きなおしり[黒ハート]』と『デカいケツ[バッド(下向き矢印)]』は違うのです。
似て非なるものなのです。
勿論そに子ちゃんのは、『大きいおしり[黒ハート]』です。

両者の境界は、磯山さやかちゃんの終わるところ、
森三中の黒沢の始まるところにあります・・・。
くれぐれもお間違えの無いように。

4月の嫁
DSC00030s.jpg
4月は『フェアリー・ガーデン アナベル』ちゃんです。

DSC00031s.jpg
全身。
スタイル、良いですね。

アナベルちゃんは人間ではありません。
妖精です。
羽、生えてます。
おまけに台座の上に乗ってます。
だから、場所をとるとる。

DSC00032s.jpg
服装も、結構エロいです。

DSC00033s.jpg
下なんか、こんなですよ、お兄さん。
普通これだけきわどいパンツだと、
本来出てはいけないモノがはみ出たりなんかするのですが…、
アナベルちゃんは大丈夫です。
もしかして、パイパン?

DSC00034s.jpg
後ろから。
長い髪も素敵ですね。

DSC00036s.jpg
おしり。
ちょっと小振りだけど、形の良いおしりです。

こんな素敵なアナベルちゃんですが、一つ欠点が・・・。
DSC00038s.jpg
眉毛薄いです。
悪人顔に見えます。
ちょっと、怖いです・・・チキンの僕には…。


ではみなさん、次回、また会えますように。




今週の一曲
角松 敏生 『Crescent Aventure』

WEEKEND FLY TO THE SUN

WEEKEND FLY TO THE SUN

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: BMGビクター
  • 発売日: 1994/12/16
  • メディア: CD



角松敏生の初期の名作、『WEEKEND FLY TO THE SUN』から。
ジャケットの角松の写真、若っ!





『夏が来た!』


智恵子抄 (新潮文庫)

智恵子抄 (新潮文庫)





うわぁ~!

今年の初めから取り組んでいる事が佳境を迎え、
忙しく、またストレス過多の状態がしばらく続いていました。
んで、ふと気づいたら、もう9月!
今年は全く、何にも、夏を満喫せずに終わってしまった。
街へ出かけ、薄着の綺麗なおねーさんたちを眺めて『うぇへっへっへ~』
と心で思いながら(声に出してたら変質者です。しょっ引かれます。)、
夏の風情を楽しむことすらしなかった。
大好きなスイカも、思う存分味わえていないし、
青い空に立ち上る入道雲を見るために田舎へ出かける事もなかった。
作りかけのプラモもぜ~んぜん捗っていないし、
(塗装がきれいに伸びてくれないので、暖かい時期にしか作れないんです。)
勿論、海に行く事もなかった・・・。

頼むよ、神様!
僕の今年の夏を返してくれ!
カムバック、マイ・サマー!
(それで、上記のタイトルなんです。
タイトルを見て『?』と思われた方もいらっしゃるでしょうから、一応説明を。)
ということで、ひまわりの画像などを載せてみました。

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ひまわりの花言葉は、
『私はあなただけを見つめる』『愛簿』『崇拝』だそうです。

ついでに、こまわりの画像なども・・・。

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こまわりの花(?)言葉は、
『変態』『死刑!』『アフリカ象が好き!』です。
          *
          *
          *
最近、言葉が変に聞こえるんです。
いや、脳の変換機能がおかしい、といった方が良いかな?
暑さのせいかと思っていたんですけど、涼しい日が続いても治る様子が見られないんです。
もしかしてもしかして、壊れたの・・・かな?

いくつか例をあげましょう。
『大図書館の羊飼い』が、『だいぶ黒ずんでるけど、乳首かい?』に聞こえます。
さらに、
『私、ヴァイオリニストなの』が『私、パイズリニストなの』に、
『瞼の母』が『真豚の母』に、
『北の国から』が『下の口から』に、
『沈思黙考』が『チ○チンもっこり』に、
『You are my sunshine my only sunshine』が『馬が三回 ナオンに三回』に、
『今夜君は僕の物』が『コンニャクには僕のモノ』に、
『世界の中心で愛を叫ぶ』が『でかいチ○チンで『あ~いぃ~』と叫ぶ』に、
『弘法も筆の誤り』が『モーホーも太いのがいいの?』にそれぞれ聞こえます。

こうしてみると、下ネタ系が多いな~。
てゆうか、ほとんどそうじゃん。
本人が日ごろ品行方正だけに、その反動が来たのでしょうか?

僕はどうしたらいいのでしょう?
どなたか良いアドバイスを・・・。


今週の一曲
Gontiti 『もう少しここで』

リンクが無いので、アルバム紹介。
ゴンチチの初期の名作、『マダムQの遺産』より。
ゴンチチは基本、インストが多いのですが、この曲は歌が入っています。
太田裕美さんの少しノスタルジックな歌声が郷愁を誘います。




Legacy of Madam Q

Legacy of Madam Q




『この国の行方 & 日常の風景3』


対論・筑紫哲也 このくにの行方

対論・筑紫哲也 このくにの行方





☆この国の行方

かつて、故・筑紫哲也氏が御自身のニュース番組の中で、
『民主主義になって戦争がおこりやすくなった』と言っていた。
そして今、僕たちはその言葉が真実である事を知っている。
実際の、『起こるはずのない』戦争を目の当たりにする事によって。
即ち、湾岸戦争によって。
アフガン戦争によって。
イラク戦争によって。

いずれも米国の起こした戦争だが、
幸いなことに我が国がこれらの戦争に深く関わる事はなかった。
だが、これからは『対岸の火事』と安座を決め込み、
彼の地の人たちの無事を祈ったり、
戦争の早期終結を願って祈りを捧げるといった事はできなくなる。
なぜなら、これから我が国は当事者としてこの種の戦争に関与しなくてはならなくなるからだ。
一人の狂人の妄執によって。


先日、『安保関連法案』が衆議院を通過した。
その様子は半ば滑稽だったし、反面、今この国の首相をやっている男を心底軽蔑した。

滑稽であったのは、
『集団的自衛権の行使容認という大事を閣議決定で決める』
という憲法に唾する行為を平気でやったくせに、
その枝葉のような『安保関連法案』を通過させるのにご執心だった事だ。
その姿は、卑小で、姑息で、猥雑であり、やっている事は卑劣極まりない。

軽蔑したのは、
自らは平気で憲法に唾しておきながら、
枝葉末節のような小さな法律で国民を縛ろうとしているからだ。
とても民主主義の政治家のやる事とは思えない。

憲法は『国の形を決める』ことにその存在意義がある。
それを逸脱した判断を下す時にはそれなりの手続きを経なくてはならない。
民主的な手段によって、民主主義国家・日本の政治家になったのなら、
憲法に対する意見の相違はあっても、現行憲法に従わなければならない
敬意を払わなくてはならないんだ

そもそも民主主義には民主主義の理想があり、そのためのルールがある。
そのルールを無視して権力をふるうのは民主主義の否定だ。
そういった手法を『独裁的』というのだ。
 (普通、独裁者と言えば、善悪を別にして『大物』という感じがするが、安倍は小物にすぎる。
 だから『独裁者』と呼ぶには躊躇してしまう。)
独裁的な者の思考は極めて独善的だ。
その思想は、もはや狂人のそれと区別はつきにくい
ヒトラーがそうであったように。


それでも安倍を支持する者はいる。
やれ、『集団的自衛権の行使は国防のために必要だ』だの、
やれ、『集団的自衛権の行使は安倍の持論だ。その安倍が選挙で勝ったのだから、
集団的自衛権の行使は国民の信認を得ている』等々。
ふぅ~、つくづく頭の悪い議論だ。

選挙における争点は分明ではないし、一つではない。
長く不況にあえぐ国民は、景気回復を期待して(アベノミクスに期待して)投票したかもしれないし、
その前の民主党による『おままごと政治』に辟易とした批判票であったかもしれない。
先にも書いたように集団的自衛権の行使は『国の方向性を転換する大事』なのだから、
選挙の結果などという瑣末なj、しかも明確でない情報から判断すべきものではない。
問うなら『国民投票』という形で堂々と問え
『あなたは集団的自衛権の行使に賛成しますか?』とか、
『あなたは憲法9条を維持したいと思いますか?』とか、
『あなたは自衛隊を他国の戦争のために派遣すべきだと思いますか?』などと、
明瞭な言葉ではっきりと問え。
今の政治家がそれをしないのは、自分に都合の悪い結果が出ると困るからだろうし、
今の政治家にそれができないのは、
自分の意に反した政策をしたくないという稚拙なわがままからだろう。
いずれにしろ、もう一回、『民主主義』というものを勉強し直した方がいいね。

我が国の国防に集団的自衛権の行使は必要か?
日本が有事に巻き込まれた際、アメリカが我が国を助けるのは当然だ。
それが米国の国益にかなうことだし、在日米軍のために毎年多額の資金を使っている。
思いやり予算も含めて。
 (ちなみに、駐留米軍に対して資金提供しているのは日本くらいのものだろう。
  逆に米国政府から土地の使用料を貰うのが世界の常識だ。)
ただ、『どこまで守ってくれるのか?』に関しては非常に心もとない。
例えば多くの人が存在すると思っているであろう『アメリカによる核の傘』。
だけど実際はそんなものは存在しない
既にアメリカの上層部は
『自国が核の標的にされる危険を冒してまで米軍が日本を守る事はない』と発言している。
何度も。
冷たいもんだよ。実際。
『どこまで守ってくれるか?』という問いの一般解はない、と考えるのが妥当だ。
その時の米国の国内事情・世界情勢・敵の戦力・その時の日本の世界的地位等を勘案して、
是々非々で決まるのだろう。
しかも、『米軍が』決めるのではなく、『米国の(老獪な)政治家が』決めるのだ。
ますます心もとなくなってくる。
そんな米軍と一緒になって、米国の戦いに参加する事にどれだけの意味があるだろう?
『いいように使われる』のが関の山だろうね。
『それでもいい、アメリカの戦いに参加したい!』というのなら、
安倍の、いや、自民党の『ポチ精神』は至高の域に達したと言わざるを得ない
忠犬ハチ公の像の隣に『忠犬自民党』の像でも作ってもらったら?

そうそう。
集団的自衛権に関して、『仲間が戦っているのに放っておいていいのか!』という意見を目にした。
無邪気だね~。純粋だね~。
でも、キミ、少年漫画の見過ぎだよ。(大笑い)


我が国が集団的自衛権を行使する事の影響で気になる事が二つある。

国内においては、テロが頻発するであろうこと。
これは鳥越俊太郎氏も指摘されておられる。
そして先の『新幹線内自殺』でも顕著だが、日本はテロに弱い。

集団的自衛権に基づいて戦いに参加するのは、『旗幟を鮮明にすること』である。
たとえ我が国が当事国に対して悪い感情を抱いてなかったとしても、
当事国は我が国に牙をむくだろう。
『敵の味方は敵』なのだから。
米帝の暴虐に抗しうる国は、おそらく、あるまい。
それでも服従することを良しとしなければ、地下に潜っての抵抗になる。
彼らの取りうる戦術の一つがテロであってもおかしなことではない。
そして、常にテロに対して警戒している米国そのものよりも、
テロに弱い協力国・日本の方がテロの成功率は高い。
テロがその字義どおり、『恐怖を拡散する』ことに意義があると考えるなら、
日本を標的にする方がより効率的だ。
そこから来る間接的な影響として、いつどこで起こるか分からないテロへの不安、
テロへ備えるための警察国家化とそれに対する閉塞感、
そしてもちろんテロによる犠牲―。
それらはすべて『旗幟を鮮明にした事』への対価なんだ。
みんな、覚悟はできてるかい?

もう一つより気になる事は、『起きなくてもいい戦争が多発する』ことだ。
先に湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争を挙げ、『起きなくてもいい戦争だった』と言った。
政治家が『起こした』戦争だからだ。
即ち、湾岸戦争において父ブッシュはクウェートの石油利権を守るために、
ブッシュjr.はアフガン戦争において、カスピ海の石油をインド洋に持ってくるために、
 (カスピ海の真南はイランだから、本当はイランを狙うところだが、
  イランは強大な国であるし国家体制も強靭だ。大きな戦争になる。
  より与しやすい脆弱なアフガンを狙った。
  勿論、ブッシュはその後イランに因縁を付ける事を忘れなかった。)
イラク戦争では湾岸戦争後の禁輸措置によってその多くが手つかずのイラクの石油が狙われた。
ブッシュ一族が石油大手の企業に近しいのは公然の事実だ。
もっとも、jr.の思惑は成功しなかったが。
これらの戦争、
特にイラク戦争の『大量破壊兵器を所持している可能性がある』という大義名分を信じるのなら、
イラクよりも金将軍様の国を先に叩かなければならないだろう。
イラクの場合は『疑い』であるのに対し、将軍様は実際に大量破壊兵器を持っているのだから。
事実は、将軍様の国は石油が出ないから、ね。
あの国には、目ぼしい物といったら、『喜び組』くらいしかないからなぁ。

ともあれ、これらの戦争によって米国は『傷』を負った。
湾岸戦争においては帰還兵士たちのPTSDが社会問題化したし、
アフガン戦争、イラク戦争においては事後処理に躓いた。
戦闘そのものよりも事後処理における被害者が多くなり、
いつまでも巧く行かない事後処理とそれに伴い増え続ける戦費。
社会は厭戦気分につつまれ、それが政権交代の一因にもなった。

この『傷』がアメリカが新たなる戦争に踏み込む、足かせになっているのかもしれない。

さて、日本が集団的自衛権の行使を宣言し、
それに則って米国が○×戦争の事後処理を依頼してきたらどうだろう。
アメリカ社会は、もはや何ら傷を負うことはない。
輝かしい戦果とそれに酔いしれる国民。
国威は高揚し、新たな敵探しが始まる。
結果として『起きなくてもいい戦争』が多くなるだろう。
その中の一つ、あるいは米国の暴走そのものが第三次世界大戦の引き金にならないと、
誰が言いきれるだろう。
 (そして、その遠因を作ったのは我が国、ということになる。)
この事を僕は最も恐れている。



本来我が国は誇り高き侍の国だ。
その侍に習うべきではないかと、僕は思う。

江戸時代、侍たちはいついかなる時も有事に備える覚悟を強いられていた。
反面、武力を行使することは厳しく禁じられていた。
彼らは研鑚を重ね、怠らず、自らの剣技を磨いていく。
一生に一度あるか無いかすらわからない有事のために。
藩も、武門を奨励し、より良い武器を集め、備蓄することに精力を注いだ。

我らもかくあるべきではないか?
『自分の国は自分の手で守る』。
それが基本だ。
その為の十分な備えをしておく。
そして万一、事が起こったら徹底的に戦う。
一方でいかなる戦争にも自ら関与しない事を宣言し、その態度を貫く。
戦争に良いも悪いもないのだ。
『良い戦争』『正しい戦争』なんて言うのは施政者の欺瞞なんだ。
これが世界に誇れる平和憲法を持ち、
過去に愚かな戦争を起こした我が国の取るべき態度だと、僕は思う。


さて、この国はどこに向かっていくのだろう。
我々は民主主義国家に生きている。
民主主義という事は、国民が『未来への発言権を持つ』ということだ。
どちらに向かうにせよ、それはわれわれ国民の選択でなくてはならない。
暴走する政治家を止める事も、
国が望まない方向に導かれる事を拒否する事も、
我々国民の、むしろ、義務だと思う。

後続たちに称賛される選択が、今、求められている。

                                           〈了〉



☆日常の風景3 [嫁紹介 1月 & 2月]

わしじゃ…。
恵呂爺じゃ…。

な~んて、ね。
最近、佐久爺様、お見かけしないので、ちょっと真似してみました。
ごめんなさい。

ストレスの多い毎日。
何とかやっていけてるのは嫁たちのおかげなんです。
彼女たちの癒しがあるから頑張れているんです。
その大事な嫁たちを、最近、紹介していませんでした。
忘れていました。
んで、紹介します。

とりあえず、今回は1月と2月の嫁です。

《1月の嫁》

1月は『島風 中破ver.』ちゃんです。
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『びっくり顔』が可愛いです。

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びっくりな仕草もいいですね。
キューズQというメーカーは初めてで、ちょっと心配していたんですが、杞憂でした。
なかなか良い出来です。
グッスマ、アルター程のクォリティーではないですが、
ブキヤとは良い勝負をするんではないかと・・・。

DSC00009s.jpg

島風ちゃん、パンツがエロいです。
しかも、中破して片ひもが切れてる…。
このあとどうなったんだろう?
知的好奇心が抑えられません。

DSC00010s.jpg

横からです。
島風ちゃんといえば、連装砲ちゃんですがこちらもダメージ、受けてます。

DSC00011s.jpg

後ろから。
お尻がちょっと見えてます。

DSC00012s.jpg

魅力的な島風ちゃんですが、強いて欠点を挙げると、彼女、胸が残念な娘なんです。
胸が残念だと、なんだかちょっと損した気分になります。
胸が残念だと、なんだかちょっと損した気分になります。
大事なことなので、二度言いましたよ。(しかも太文字)

なので、こんな物も買ってみました。
じゃーん。
『けいおん! 秋山澪 おっぱいマウスパッド』です~。
早速揉んでみましょう。

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もみもみもみ。

違う!
これはにせものだ!
前に揉んだ時、澪ちゃんのおっぱいはこんなものじゃなかった!


《2月の嫁》

2月は『金剛ちゃん 中破ver.ちゃん』です。
これまた『やっちゃった顔』が可愛いです。

DSC00014s.jpg

金剛ちゃん、大分待たせてくれたね~。
(発売延期というやつです。フィギュアの世界ではよくあります)
こいつめ~。可愛い。可愛い。

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中破ver.だけあって、服もボロボロです。
胸がはだけてます。

DSC00017s.jpg

横から。
お、このアングル、エロい。
この角度から見る顔もかわいいけど、華奢な二の腕や背中が色っぽいです~。
もっと寄ってみましょう。

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ほれほれほれ、大事なところが、見えてしまうぞ~。(悪代官風に)

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あ~ぁ、大事なところ(足の裏)、見えちゃった。
ん?
どこか別のところと勘違いしませんでした?

DSC00020s.jpg

後ろから。
でも、公開はしないけど、金剛ちゃん、パンツではなくてふんどしなんです。
女の娘にふんどしって、どうなんだろう?
構造的に、過剰に食い込んだりはしないのでしょうか?
気になります。


最後にもう一枚、仕事で大変そうなlunamariaさんに贈る、とっておきのショットです。

DSC00021s.jpg

おっぱいのアップ。
嬉しい?嬉しい?


いや~、しかし、なんですな~。
今回紹介した嫁、二人とも『中破ver.』だったけど、良いもんですな~中破version。
服がボロボロになったりして、なんか、そそられます~。
できれば他のフィギュアにも『中破version』、追加してもらえないかな~。
例えば、『けいおん! 秋山澪 中破version』とか…。
澪ちゃん、好きなキャラなんです。
『けいおん!』の世界観の中で、どうやったら中破するのか知らんけど…。




今週の一曲

STARDUST☆REVUE  『もう一度は―バーライト』

Best Wishes

Best Wishes

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ワーナーミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2011/02/23
  • メディア: CD





あとがき・・・ってか、グチとか諸々

 今回の更新、だいぶ時間がかかりました。一週間くらいかな?
 サーバのエラーとかで、二回、ほとんど書きあげてた記事が消えちゃいました。
 二回目に消えたときは、さすがに心が折れました・・・。

 で、やっとこの度の更新です。
 更新の期間をもっと縮めようとは思っているのですが、まさかこんな所で邪魔されるとは…。



 前回掲載した詩、若い時に書いたものです。
 古い荷物を整理してたら、昔書いた詩を書きつづったノートが出てきました。
 その中の一つです。
 写真でお分かりの通り、岡田有希子さんをうたったものです。
 別に彼女のファンでも何でもなかったのですが、彼女の事件は衝撃でした。
 特に、怒りが大きかったです。
 理由は知らないけれど、一人の少女が悩み、苦しんで、選んだ結末を、
 商売のネタに使ったマスコミが許せなくって、仕方なかった。
 そのくせ、ファンの後追いが問題になると彼女のせいにする。
 彼女の事件に前後してもう一人彼女と同じ決断をしたアイドルの卵がいた。
 その子の報道は小さな扱いであり、
 連日報道されていた岡田さんのケースとは明らかに違っていました。
 あれだけ報道されれば、興味のない人だって頭に残っただろう。
 そのマスコミの無責任さが許せなかった。
 特に『フライデー』とその出版元である講談社に対する怒りは以後十数年にわたった。
 その間、講談社の本は一切買わなかった。
 面白そうな本を見つけても、講談社のものだと買わなかった。
 いつの間にかうやむやになってしまったけれど…。
 
 我ながら、純粋だったねえ。
 ほんの少し、懐かしく振りかえってみる。
 それが今では、フィギュアのスカートの中をのぞいて、
 『えへへへ~、どんなパンツはいてるのかな~』って言ってるような、立派な大人になりました。
 エヘン。





『詩[無題] & 日常の風景2』


一夢庵風流記 (新潮文庫)

一夢庵風流記 (新潮文庫)




『詩[無題]』

そしてあなたは天使になった
白い翼と青春のリンゴ
あなたは虹を追いかける

   悲しき心は桜色
   風がさらって鳥になる

虹の向こうのあの国で
あなたはきっとすみれ色
失くしたものを取り戻す

   春を飾った花たちは
   時を終えても美しく

心閉ざして微笑んで
あなたの望んだ楽園は
霧につつまれ消えました

   小鳥のうたうその歌は
   かつてあなたの歌でした

光なくしたその時に
人を憎めぬ優しさで
あなたはあなたを投げ捨てた

   あなたを追って風は行く
   あなたを悼んで花は散る

そしてあなたは天使になった・・・・・


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『日常の風景2』

うつ病と『しなければならない課題』に追われる毎日、気休めにアニメ『地獄少女』を鑑賞しました。
『地獄少女』と言えば少し前に流行った作品です。
『必殺仕事人』を思わせる構成と、
単なる勧善懲悪に終わらない不条理をも含んだストーリーが印象的な作品です。
では、軽くレビューなどを…。

地獄少女・閻魔あいは、依頼を受けた恨みの相手を地獄へと流します。
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依頼はインターネットを通じて行われます。
このあたり、現代的ですね。(作中のコンピュータがえらく古い形なのが気になりますが…)
午前0時にしかアクセスできないサイト『地獄通信』、
そこに恨みの相手の名前を書いて送信すると依頼者のもとへ閻魔あいが現れます。
そして、首の部分に赤い糸を結んだ藁人形を手渡します。
彼女は言います。
『あなたが本当に恨みを晴らしたいと思うなら、その赤い糸を解けばいい。
糸を解けば私と正式に契約を交わした事になる。
恨みの相手は速やかに地獄へ流されるわ。
ただし、恨みを晴らしたらあなた自身にも代償を支払ってもらう。
人を呪わば穴二つ。
あなたが死んだらその魂は地獄に落ちる。
極楽浄土にも行けず、あなたの魂は痛みと苦しみを味わいながら永遠にさまようことになるわ。』
それを聞いて依頼者はいったんは思いとどまります。
しかし、さらにつらい目に会い、依頼人は糸を解きます。

正式な依頼を受け、閻魔あいは三人の仲間(手下?)とともに恨みの相手を追いこみます。
それでも反省しない恨みの相手に、あいは言います。
『いっぺん、してみる?』
それを聞いて、『するする!あいちゃんみたいに可愛い子から誘われたら、お兄さん我慢できないぞ~』
と言ってしちゃったら、淫行の罪でしょっ引かれ、もちろん会社はクビ。
さらに社会的制裁を受け生き地獄の目に・・・。
・・・。
・・・。
あれ?
おかしい。
これだと馬鹿な男しか地獄に流されない・・・。

もとい。やり直します。


あい『ごめ~ん!遅くなっちゃった~。』
友人1『もー、あいったら遅ーい!』
って、それは『遅刻少女』でんがな!

お後がよろしいようで・・・。




今週の一曲
Alan Parsons Project 『To One In Paradise (楽園の人に)』






『日常の風景1 & 免許制度を考える』



 
ブレイクブレイド(14) (メテオCOMICS)

ブレイクブレイド(14) (メテオCOMICS)

  • 作者: 吉永裕ノ介
  • 出版社/メーカー: ほるぷ出版
  • 発売日: 2015/04/11
  • メディア: コミック


今、一番面白いマンガ!
早く続きが見たい!
シギュンちゃんも、クレアちゃんも、エレアさんも無事でいてね~。



* 日常の風景1 ~不条理な訪問者~

先日、昔の彼女がやってきた。
頼みたい事があるという。

別れた後も、何か分からない事があるとメールや電話をかけてくるヤツだった。
『愛が消えてしまえば友達にもなれない 電話さえも掛けられず』(スターダストレビュー『追憶』より)
と世間ではいうのに、中々に図々しい奴だ。
だから、声は聞いていたけれども実際に会うのは十数年ぶりのことだった。
懐かしさとちょっぴりのときめき、それと一瞬のためらいを持って彼女を向かいいれた。

お茶を用意している間、彼女はきょろきょろと部屋の中を見回っていた。
そしておもむろにこう言った。
『ヲタクの部屋だ!』と。

馬鹿野郎!
なんてこと言うんだ。
この知的でハイセンスな俺に対して。
ただちょっと、大量の漫画本と大量のアニメのDVDがあり、
それとフィギュアが27人(ここ大事ね)いるだけじゃないか。
ヲタクだなんてとんでもない!
(…今、誰か心の中で『それを世間ではヲタクと言うんだー!』と突っ込みませんでしたか?)

大人な僕は気持ちを抑えてやんわりと言った。
『普通の映画のDVDもあるんだよ』と。
すると彼女は、『もちろんアダルトもあるよね?』と畳みかけてくる。
・・・ハイ。・・・少し…。
『ホントに少し?』と彼女。
はい…。あの~。いや、ちょっとたくさん…かな?
『やっぱり』という顔でこちらを一瞥して、彼女はティーカップを口に運ぶ。

ティーカップを戻し、一瞬の沈黙の後、彼女は言った。
『何かあったら警察に家宅捜索されて、
テレビで「容疑者の部屋からは大量のアニメとAVが発見されました」とか言われるんだろうな~。』
絶句!
ってか、何その前提。
『何かあったら…』って。
俺が何か悪いことすることが当然の事実のように聞こえるぞ。
なんてこと言うんだ!
この品行方正・公明正大・純真無垢・家内安全・学業成就の僕をつかまえて。

くそ~。
なんて口が悪い奴なんだ。
そういえば別れる時も随分ひどい言葉を言われたな。
思い出した。
こんな奴部屋に入れるんじゃなかった。

彼女の頼みごと?
やってあげましたよ、ちゃんと。
僕は紳士ですから。
まぁ、謝礼代わりにおっぱい揉みましたけど。


* 免許制度を考える 1

最近、この国の免許制度について考える機会が何度かあった。
抽象的な表現で申し訳ないのだが、現行の制度には『ひずみ』を多く感じる。
そろそろ改善されるべきだと考える。
よりよい社会のために。

『免許』と一言で言っても色々な免許がある。
今回は自動車免許について考えたい。
ずっと気になっていた、京都・亀岡の事故。
それについての報道を久しぶりに目にした。
この事故には免許制度の根幹に係わる問題が含まれていると思う。

この事故に関して、私を含めて多くの人が驚き、また憤慨したのは、
『無免許である』という事が刑事裁判ではさほど重要視されなかったことだろう。
事故を起こした時に無免許である事が厳しく問われないのなら、
『免許って何なの?』ってことになる。
たぶん、罰金とか点数の減点とかの罰則はあるんだろう。
でも罰金はともかく、平気で無免許運転をする輩に点数の原点は意味を成さない。
そうなると結果的に無免許運転である事の社会的ペナルティはごく小さいものになる。
少なくない時間と労力をかけ、大枚はたいて正直に免許を取った者が馬鹿みたいじゃないか。
国が免許の権威を高めようとするなら、あるいは維持しようとするなら、
それに反する事のペナルティは重くなくてはならない。


免許を構成する要因は『技能』と『知識』である。
それらが一定以上のレベルにあると認められて初めて免許を与えられる。
『認める』のは責任と権限のある第三者である。
自動車免許の場合、公安委員会・警察・認可を受けた自動車学校の職員ということになる。
そしてこの事故を起こした元少年の場合、
『技能』や『知識』が十分であると誰も認めていないのだ
ここのところはもっと重視されるべきだと思う。
同じ『無免許』と言っても、
点数の累積やうっかり失効で免許をなくした人とは区別しなければならない。
なぜなら一度は免許を手にしていた彼らは、『技能』と『知識』に関して認められているのだから。
ただ、技能や知識以外の『何かが足りない』から無免許状態になったのだ。
うっかり失効に至っては何の瑕疵もない。
『不条理な処分』と言い切ってもいいと思う。

少し脱線するが、自分の経験をたどってみると、
自動車学校に行って『技能』や『知識』を習得する過程で、
『マナー』だとか『気遣い』だとか色んな物も身につけたと思う。
それらは定量的に計れるものではないが、『良い運転』をするには必要なものだと、今にして思う。
件の元少年は当然それらも身につけてはいまい。
客観的に見て『極めて危険だ』ということすら自覚していないのだろう。


この事故のように、免許所得歴もない人物が無免許で事故を起こした場合、厳罰を科すべきだ。
刑事裁判でよく耳にする『未必の故意』を問うても良いと思う。
(それは飲酒運転や最近流行りの薬物”ラリホー“運転も同様だと思うけど。)
常識的判断として、まともに運転できないのが分かっているのにやっているのだから。


最後になりましたが、
この事故で犠牲になった方々(おなかの中の赤ちゃんも含めて)の御冥福を祈ります。




今週の一曲
Judas Priest 『RECKLESS』




ターボ

ターボ



 
いろんなジャンルの曲を聞くけど、『聞く音楽によって心の在り方を変える』という事をやってます。
割と昔から。
最近は心を『攻撃モード』に切り替えるため、ハードロックをよく聞いてます。
んで、お気に入りがこの曲です。





『お知らせ & まず隗より始めよ』


夜来たる

夜来たる





≪お知らせ≫
 え~、しばらく更新をさぼってます。
 実は今年の初めから個人的に取り組んでいる事がありまして、
そちらに精力を取られてしまっています。
 私がうつ病を患っているのはかねてよりブログに書いてきましたが、
そのせいで集中力・意欲が乏しく、さらに重度の倦怠感のため、
ブログと両立させることは困難な状態です。

 元々このブログ、基本的には、『この国を少しでも良い方にもって行きたい。
その為に皆さんに考えて欲しい事・知って欲しい事を書いていく』つもりで始めたものです。
 書きたい事はある。
 書かなきゃいけない事は、ある。
 今もその気持ちは変わらずに持っています。
 でも、現実には無理なのです。
 それで、しばらくの間、このブログの本来の目的から離れて、
私個人のストレス解消の場にしようと思います。
だから、おふざけ・くだらない事・下品な話が多くなると思います。
マジメな話は短く、チョロっとだけ。
 まあ、私のブログを楽しみにしてる人なんかいないだろうから、好きにやらせてもらいます。

 ん?
 『いま取り組んでる事って何か』って?
 それは、ヒ・ミ・ツ[黒ハート]
 成功したら報告いたします。



≪まず隗より始めよ≫ 
 この世で、虚ろで空しいもの、その最たるものは『政治家の言葉だ』。
 なぜ、政治家の言葉は空虚なのか?
 それは政治家がリアリストではないからだろう。
 リアリストではないから現実に即して物事を考えていない、だから空虚なんだ。
 政治家だから、何かするだろう。
 だけど空虚な考えに基づいて行動されても巧くいく訳はないのだ。
 われわれ国民にとっては、『迷惑限りなし』なのである。

 今ここに一人の政治家がいる。
 あえて名前は出さないが、そいつはミリヲタで、
自分の趣味の『戦争』に国を巻き込もうとしているとんでもない奴なんだ。
 そいつは、『何かを決定する』立場にいて、今まさに労基法を改正しようとしている。
 高額所得者を対象にして残業代ナシで働かせようとしている。
 個人的には『悪の改正』だと思うが、本人は自信があるのだろう、しつこく改正を働きかけている。

 そんなに自信があるなら、国民に強いる前に、まず自分でやってみろよ。
 何か課題を与えてもらって、出来なきゃ無給。
 もちろん課題は自分で設定するのではなくて、他人が設定するものだ。
 この場合、主権者である国民だね。
 僕なら、そうだなあ、『すべての世帯の可処分所得を倍にしろ!』という課題にするなぁ。
 そうしたら自然と景気も良くなるよ。
 出来るかい?ミリヲタ総理。

 『自分でする』という前提があったら、リアルに考えるだろう。
 リアリストになれるだろう。
 そうすれば今よりもましな提案ができる。
 リアリストである事は政治家の必須条件なんだ。

 かつて民主党が政権を取る前に、随分とかっこいい事を言っていた。
 やれ『政治主導』、やれ『機密費の公開』、やれ『コンクリートから人へ』…etc.。
 だけど政権取ったら、何一つできなかった。
 これも根幹の部分は同じだ。
 リアリストじゃなかったからだ。
 もっとも民主党の主流派は『リアリストじゃない』というより、
『中二病的夢想家だった』といった方がいいな。
 重症だったね、アレは。


 『小泉改革』というものがあった。
 中身は色々あったが、結果的に見て全て国民の利益に反する事ばかりだった。
 絶大な国民からの人気に支えられていたくせに。
 きっと心の冷たい男なのだろう。
 中でも労働の現場に『米国式の人事考課』を持ち込んで
うつ病などの精神疾患患者を増やした事は、目立たないが大きな罪だと思う。
 小泉純一郎はもっと批判されてしかるべきだ。
 
 今回の『安倍改正』も、成立したらたくさんのうつ病患者を出すことだろう。
 民主主義政治は、本来国民のためになされるものだ。
 今回の改正案から垣間見える安倍の思想は民主主義政治とは乖離したものだ。
 われわれ国民はまたひどい目に会う前に、政治家にきっちりと要求すべきだ。
 『まず、自分でやってみろ』と。
 『まず、隗より始めよ』と。


 蛇足だけど、昔のジョークでこんなのがあった。
 冷戦の真っただ中、一人の男が『赤の広場』で叫んだ。
 『フルシチョフ(当時のソ連の指導者ね)のバカヤロー!』と。
 当然男は逮捕された。
 男は自分の罪状は『国家元首冒瀆罪』だろうと思っていた。
 しかし警官は言った。
 『お前のやった事は国家最高機密漏えい罪だ』と。

 今、国会議事堂の前で『安倍のバカヤロー!』って叫んだら、捕まるかな?




≪今週の一曲≫
スターダストレビュー 『木蓮の涙』
そろそろ季節…かな?



Love Songs

Love Songs

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ワーナーミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2011/02/23
  • メディア: CD





≪今週のは・じ・め・て[黒ハート]
職質されちゃった!
持ち物検査、されちゃった!
いや~、一度されてみたかったんだー、職質。
テンション上がるわ~。
残念なのは何もなかった事。
持ち物検査で女性物の下着とか見つかったら、もっと面白い事になってたかも~♪
でも、僕、パンツには興味が無いんだ。
変態じゃないから。
パンツより、中身が好き!

『青空の行方』


キリストの誕生 (新潮文庫)

キリストの誕生 (新潮文庫)




もう話してもいい頃だろうから白状するが、先頃の選挙、僕は投票しなかった。
『何かの不可抗力で』、という訳ではない。
明確な意志を持って、通知のはがきが届いたその日に丸めたのだ。
『今回の選挙は行くべきでない』と思った。
『この国のために』行くべきではないと思った。

『選挙に行かないヤツは政治家に文句を言う資格がない』
などとしたり顔で御高説を垂れる奴らだとか、
『今回の選挙は大義のない選挙と言われるがそんなことはない』
と言って理由をこじつける奴らだとか、
何もかもそっちのけで御熱心に選挙活動に奔走する奴らだとか、
そんな連中を僕は、軽蔑する。

言っておくが、これらの行動は『常識的』行為である。
それは知っている。
しかしまた、人生の経験から、
常識は必ずしもこの身を守ってくれるものではないことも、
常識は時と場合によっては『非常識』になるのだということも、
この身に刻んで知っている。
連中はそれを知らないのだろう。
かつてパスカルはこう言った。
『真の道徳は道徳を軽蔑する』と。

連中は分かっていないのだ。
『自分たちこそがこの国を、積極的に悪化させている』ということを。
投票しない者たちが『事態を看過することによって間接的に悪化させている』のなら、
選挙に与する連中は直接手を下しているのだということを。
どちらの方が罪が重い?
この国の、選挙によって国民の代表を選出するというシステムは既に破たんしている。
特に今回の選挙に限って言えば、明確に『選挙に至る懸案事項などはない』と言える。
ただの『与党が自分たちの立場をより有利にして政治を思うがままにしたいが為の選挙』なんだ。
そんな選挙に馬鹿正直に投票することは、
そんなろくでもない考えを持った政治家たちの行為を追認するに等しい行為だ。
そして、ろくでもない奴らはろくでもないことしかしない
(戦争をしたくてしょうがない)安倍は、既に『改憲』を口にし始めている。


有権者の立場で言えば、僕たちにはもう、選択肢が無いんだ。
『民主党政権』という大厄災の時を経て、僕たちには選択肢が無くなった。

この国の選挙制度は長い間『二大政党制』を目指してきた。
二大政党制が実現すれば、
二つの大きな政党が切磋琢磨して政治を引っ張って行ってくれるだろう。
一極集中による悪政が改善されるだろう。
それが希望だった。
長い時間と、紆余曲折があった。
その集大成が『民主党政権』だったのだ。
だけど、希望の先に待っていたのは大厄災だった。

余談だが、民主党というかつての巨大政党は、
良くも悪くも『小沢一郎』という老練かつ百戦錬磨の政治家を頭に抱かねば、 『戦う集団』にはなりえなかったのだと思う。
好悪の感情を抜きにして判断すれば、ね。
にもかかわらず、民主党の連中は小沢を排除し、仲良しグループでの政治ごっこを楽しんでいた。
人間だから好悪の感情は誰しもあるだろう。
しかし、『国政』という大事を前にして己一個の感情・私怨を優先する者は『小人』である。
大事を任せる器にあらず。
孫子は言う。
『敵を知り、己を知れば、百戦して百戦危うからずや』と。
己の力量も知らず、頭が悪く、へたれで、『我』だけは強い小人の集団。
それが、僕たちが希望を託した民主党の正体だったんだ。
ここから我々が学ぶべき教訓は(貝木泥舟みたいだね)―、
『量より質が大事』ということだろう。

所詮は『二大政党』という形だけを追いかけた制度だったのだ。
『政治家の質』を無視した制度に希望を託した僕たちも愚かだった、ということだ。
昔の人は『三人寄れば文殊の知恵』と言ったが、
僕に言わせてもらえば、『百人寄ってもバカはバカ』なんだ。
賢者の知恵なんて出てこない。
数打ちの駄刀を集めたって、戦はできない。
そして駄刀をいくら鍛えても、名刀にはならない。
名刀はその生まれからして既に名刀なのだ。

閑話休題。
かくして我々から『民主党』という選択肢はなくなった。
なら『自・公』か?
民主党よりはマシかも知れない…。
しかし、民主党が政権を取ったのはその前の自・公政権がダメだったからで、
民主党がやはりだめだったからと言って『自・公のダメさ』が改善されたわけじゃない。
そしてそのことを棚に上げている自・公の連中の態度は鼻につく。
おまけに、自公政権なら首相は『危険人物』安倍だ。
だから、これも、ない。
その他の野党は…。
有象無象というか、魑魅魍魎というか…。
ナンダカヨクワカラナイ連中が蠢いていて、意味不明。
選択肢として考えるだけ時間の無駄、というものだ。
ならば『共産党』。
共産党が言っていることは一見まともな様に聞こえる。
現政権への批判票として共産党に投票する手は一考に値する。
しかし、である。
共産党は公安調査庁から『危険団体』として監視の対象にされている。
それは戦後間もない頃、朝鮮人のグループと共謀してこの日本で武装革命をしようとしたからなんだ。
中国共産党の行動に刺激されて、ね。
その清算は、今だ為されたとは思えない。
ナニモシラナイ若者はともかく、分別ある大人にとって共産党は『そこはかとない敬遠』の対象だ。


こうしてみると積極的な選択はできない。
いや、しようが無いと言った方がいい。
恐らくは投票した人も、その多くは『消極的な選択』だったのだろうと思う。

僕は思う。
民主主義の意義は、我々民衆が未来への発言権を持つことにあるのだと
だからこそ、その選択は『積極的な選択』でなくてはならない。
消極的選択しかできない選挙。
そんな選択しか与えられない政治家。
それを強いる政治家。
それは民主主義の敗北民主主義の終焉を意味する。
今、僕たちはその断崖に立っているのだ。

政治家たちは、国民の(窮余の)消極的選択を『積極的な支持』と曲解し、強弁し、そして愚行を続ける。
まして先にも述べたように、これは元々が『与党がより有利になるため』の選挙。
そんな選挙に与したって、青空は見えてこない。
むしろ、『暗雲垂れこめる明日』を招いているんだよ。


ところで、日本国憲法が我々に保障してくれているのは参政権である。
決して選挙権ではない。
参政権=選挙権でもない。
参政権⊃選挙権なのだ。
参政権は選挙権より上位に立つ。
だから選挙に行かなかったからといっても、参政権を放棄したことにはならない。
『俗悪な政治に対して文句をいう権利』はちっとも減じない。
むしろ誰かに投票した人は、その誰かの行動を注視しなければならない。
そしてその誰かが何か不祥事を起こしたら、その責任も共有する覚悟でなければならない。
なぜなら、誰かに投票するということは、自分の権利をその人に預けるということであり、
当選した誰かはその『預かった権利の集合体』によって権力を持つのだから。
(今回小渕優子に投票した人はそんな事も判ってないんだ。
 それとも『小渕ワイン』はそんなに効くものだったのか・・・?
 ま、どちらにしろ、小渕本人に『政治家の矜持』があるのなら、今回の立候補は見送っただろうけど。)
その意味では、『比例代表』という制度は問題ありだね。
『有権者が責任を持ちようがない政治家』が量産されるのだから。

僕は取るに足りないちっぽけな人間だけど、
そんなちっぽけな人間のちっぽけな権利であっても、それを託せる人材はいないと思った。
また、それをしても良い状況でもないと思った。
だから投票しなかった。
それだけの話。
別に、言い訳がしたかったわけじゃない。
むしろみんなに問いかけているんだ。
明確な意義のある選挙で、素晴らしい人材がいたなら、僕は必ず投票する。
必ず。


今、この国には『選挙制度改革』が必要だと思う。
『二大政党制』という夢は終わった。
従って二大政党制を目指した現行の選挙制度は、今は何ら意味を持たない。
国民には新たな目標、指針、夢が必要だ。
その夢は、少数精鋭で形成された5~6の中規模の政党が、
時に応じて連立を組み替えながら切磋琢磨していくものであるべきだ。
5~6と限定したのは、今この国が抱える懸案事項を集約するとそのくらいになるから。
それと太字で書いたけど少数精鋭という言葉には、議員定数の削減と、
政治家個々人の質の向上という二つのテーマが隠されていることを忘れないでほしい。
以上が必要とされる選挙制度改革の最低限の条件。
これが成されれば、この国にも少しは光が見えてくる。

本当はこれに加えて、国民がもっと主体的に参政権を行使できるような仕組みを取り入れるべきだと思う。
たとえば解散・総選挙は国民の一定以上の信認があって初めて出来るようにするとか、
政党・政治家への支持はリアルタイムで変更できるとか。
そうすれば先の『集団的自衛権行使の閣議決定』のような横暴を許すこともなくなるだろう。
今のIT技術をもってすれば、かなりのところまでできるだろう。



ついでに言うけど。
おい!政治家!
財政再建は差し迫った問題だ。
だがそれはお前らの責任でもある。
国家予算の半分が借金なんてバカな事を20年以上続けていれば、財政状況がおかしくなって当然だ。
それを決めてきたのはお前ら政治家。
その責任を、まず、認めろ。
その上で、財政再建の範を国民に示せ。
行動で。
議員定数の削減。
歳費の削減。
金のかからない選挙。
これらは必須。
それから、予算の削減。
予測税収の範囲内で予算を組むことを徹底する。
今のように天井なしの予算を許していれば、いくら増税したって追いつかない。
それから、外遊に行って金ばら撒いてくるのはやめろ。
ちやほやされて気持ちいいんだろうけど。
それらをすべてやってから、増税を考えろ。

消費税は何%だってかまわない。
本当はね。
ただ、『全ての国民が安心して平穏な生活ができる』、という前提条件を満たすならばね。
現在お前たち政治家が国民に提供している生活は、5%の消費税率でもギリギリなんだ。
8%に上がって、消費が低迷するのは当然。
お前たちは国民に『その程度の生活』しか提供できていないんだ。
世界第三位の経済力を持ちながら。
それを『恥』と思わないようでは政治家として失格だ。
まず、国民の生活を良くしろ!
国民が抱いている、将来の不安を解消しろ!
回り道だけど、それが正解だ。
それなくしての増税は、深刻な消費の停滞・減退を招く。



また、一つの年が終わろうとしている。
振り返ってみれば、今年も色々な事があった。
毎年思うことだけど、総じてみればあまり良い一年ではなかったように思う。
来るべき新しい年には、いったいどんなことがあるのだろう。
願わくば『青空の兆し』が見られる一年であって欲しいと、衷心から思う。

                                              〈了〉




今週の一曲
浜田 省吾 『青空のゆくえ』


青空の扉

青空の扉





今週の一言
今週の一言はドロリッチさんにお願いしたいと思います。
DSC00033b.jpg
             ドロリッチさん 23歳 ♀

本年最後の更新なので、格調高く締めくくってもらいましょう!
それでは、ドロリッチさん、どうぞ!

『あぁ~!もっと激しく!私をメチャクチャにして~!…から飲んでね[黒ハート]
…。
はい、そうですね。
ドロリッチを飲むときは、激しく振って、内容物をメチャクチャにしてから飲みましょう。
モデルチェンジして飲みやすくなったけど、ちゃんと振りましょうね。
因みにお兄さんは味も食感もモデルチェンジ前の方が好きだぞ。

(ふぅ…。『格調高く』って言ったのに…。)

それではみなさん、よいお年を。





『Have a nice BOMB !』


イエスの生涯 (新潮文庫)

イエスの生涯 (新潮文庫)

  • 作者: 遠藤 周作
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1982/05/27
  • メディア: 文庫



(そういえば、ウィッキーさんって今どうしてるのかな・・・?)

先日(11月19日)、YAHOO!ニュースで興味深いニュースを見た。
それはこんなニュースだ。
『米国政府が、朝鮮有事が起きたら日本との事前協議なしに在日米軍は介入する、との発表をした。』というものだ。

これが本当なら重大な背信行為だ。
日本と、日本国民に対する、米国(あるいは『米国及び日本政府』なのかもしれないが)の背信行為だ。
朝鮮有事に際して米軍が日本から派兵や補給を行うと、北朝鮮は日本をも攻撃目標にするだろう。
必ず。
北朝鮮が余程のお人よしか、余程のマヌケでない限りそうする。
敵の補給船を断つことは戦の常道なのだから。
政治家たちが大好きな、『後方支援なら敵対行為に当たらない』といった類の議論は、
単なる『愚者の戯言』にすぎない。
そして過去の朝鮮戦争時代ならいざ知らず、今の北朝鮮はそのための手段を持っている。
ミサイルという手段を。
朝鮮有事が現実のものとなり(朝鮮戦争は休戦状態であり、終わった訳ではない)、
在日米軍がそれに介入すると、日本めがけてミサイルが飛んでくる。

かくして『自ら戦争をする気のない』日本は、自らの意思とは関係なく戦争に巻き込まれる。
『同盟国』である米国の行為によって自動的に戦争の当事者になってしまう。
実に簡単にマルスはやってくるのだ。
これを背信行為と呼ばずして、何と呼ぶのだ。


オレは嫌だ!
戦争に巻き込まれるなんて、まっぴらごめんだ。
ましてや米国が日本を戦争に巻き込んでまで守ろうとしているのは、韓国だ。
歴史を捏造してまでわが国を貶めようとする、あの韓国である。
『親日』であることが批判の対象となり、処罰の対象にすらなる、あの韓国である。
大統領自らがよその国へいって日本の悪口を言う、あの韓国である。
そんな国のために戦争に巻き込まれるなんて・・・。
ますます嫌じゃ!


もっとムカつくのは、政府が、政治家が、なにも反応しないことだ。
本当なら大騒ぎしなくちゃいけない問題だ。
米国政府に発言の真意を質し、真実なら日米同盟の破棄も含めて検討しなければならない。
少なくとも、米軍の駐留経費を負担することはやめなくてはならない。
この国の未来、日本がこれから歩んでいく道にも大いに関係することなのだから。
なのに、政治家共ときたら…。
のんきに選挙して遊んでる場合じゃないんだよ、まったく。
(今回の選挙は与党がより優位になるために解散したのであって、
本来は選挙に至るほどの懸案事項は何もない。
それなのに選挙する。それを『遊び』と表現して何が悪い。
財政再建が必要だから消費税を上げたのに、遊びのために余計な無駄遣いをしやがって…。)
沈黙は暗黙の了承と同じである。



少なくとも国民レベルの理解では、『日米同盟』は日本防衛のために締結されたものだ。
本当は米国には米国の思惑があり、
米国は自国の国益を満たすために日本と同盟を結んでいるのだろうということは承知している。
だが名目上・体裁上はあくまで日米同盟は日本防衛のためのものだ。
(個人的には、日本防衛が米国の国益にかなうからだと解釈していた。)
そのために我々は米軍施設のために多くの土地を提供し、多くの費用を負担し、
米兵が起こす数々の事件・事故を我慢してきた。
我が国が在日米軍に負担している費用は、年間約7000億円弱。
米兵一人当たりに換算すれば、およそ1300万円。
米兵が起こしてきた事件事故は20万件以上。
それによる死者は1千人を超える。
その中には『イタズラ』から殺害した事件(北条はるさん首胴体切断事件)や、
『面白半分』に殺人を楽しんだとしか思えない事件(ジラード事件)や、
『気まぐれ』から殺傷に至った事件(ロングプリー事件)なども含まれる。
・・・。
・・・。
・・・。
(正義って何だ?戦争って何だ?戦争犯罪って何だ?
米兵たちがこの国で起こした事件を調べていて、真剣に考え込んでしまった。
思考停止に陥って、一歩も先に進めなくなってしまった…。
この話はまた、別の機会にすることにしよう。)

大きな対価だ。
我らが支払ってきたそれらの対価は、凡て我が国の平和と安全に寄与するものでなくてはならない。
『日米同盟』は本来、それらの対価に見合ったものでなくてはならないのだ。
なのに、である。
なのに、米国政府の先の発言はそれを裏切るものだ。
日米同盟があるばかりに、戦争に巻き込まれるのだから。
そして多分、それは本当だろう。


Wikipediaに『都道府県別の全ての米軍施設規模と都道府県別の米軍施設』という項目があるのだけれど、
それを見ていくと米国の思惑が見て取れる。
『米軍施設』と一言で言っても、その内実は『専用施設』、『自衛隊との共同使用施設』、『一時利用可能施設』の三種に大別される。
通常使用されるのが『専用施設』と共同利用施設』であり、それらの配置を見てみる。
『専用施設』は北海道及び日本海側にはない。
これはつまり、『ロシア(ソ連)からの脅威には即応するつもりが無い』ことを示している。
首都圏(東京5、埼玉3、神奈川8、数字は専用施設の数)には一見集中しているように見えるが、
内情は通信施設やプレスセンター、住宅、更生施設(!)、倉庫などである。
いずれも直接的な軍事力とは関係なく、首都防衛にも積極的ではないことが分かる。
同じく東北地方、東海地方も守る気がなさそうだ。
双方とも専用施設が一個所づつあるが、
通信施設と演習場であり、国土防衛に直接寄与するものではないから。
近畿地方には専用施設自体が無い。
在日米軍は一体どこを守るつもりなのだろう?

注目すべきは長崎だろう。
長崎は本土最西端にあり、特に中国を脅威と考えるなら海・空の基地があってしかるべきと思うが、
六つある専用施設の内訳は通信施設・住宅が各一つで、残りは補給施設だ。
これでは長崎の米軍施設は日本防衛のためではなく、『朝鮮への補給基地』と考えた方がしっくりくる。
米国が真の意味で『日本防衛』を考えているなら、
施設の種類・配置は今とは違ったものになっていただろう。

さらに、同じくWikipediaの『在日米軍』によると、
日本には約三万七千人の米兵がおり、その内の四割強が海兵隊だという。
米国の海兵隊は他の三軍(陸・海・空)と違い国土防衛の義務はなく、
有事の際には先頭切って戦地・敵地へと赴く部隊である。
そのため、『殴りこみ部隊』ともいわれている。
在日米軍が日本防衛を主目的とするなら、陸・海の二軍の割合が高くなくてはならない。
海兵隊ではなくてね。

これらから判る事を総じて言うなら、
『在日米軍』は中国・ロシア・北朝鮮といった共産主義勢力の拡大を防ぐための前線部隊なのだ。


もっと直截な言葉を拾ってみよう。
米国の元国防長官 ディック・チェイニーの発言。
『米軍が日本にいるのは、日本を防衛するためではない。 米軍が必要とあらば、常に出動できる前方基地として使用できるようにするため。 加えて日本は駐留経費の75%を負担してくれる。』元外務局長・孫崎亨氏の発言。
『日米安保は日本の利益を守るためにあるのではなく、存在意義は全くない。
集団的自衛権は米国が日本を戦闘に巻き込むのが狙い。』

もっとも、アメリカにしたって明確な戦略があって韓国や台湾を守ろうとしているのではないだろう。
現代において、昔ほどイデオロギー論争は意味を持たない。
だから共産主義勢力を過剰に敵視することが妥当だとは思えない。
そこにあるのは冷戦時代の怨念の残滓だけだろう。
(そんなもので戦争に巻き込まれたら、たまったもんじゃないよ。)


ここに至って、僕たちは『日米同盟』をどう考えればいいだろう?
この国を守れない(それどころか危険な)同盟にどれほどの意味がある?
政治家任せではこの国に明日はない。
(それとも、今回の選挙はこの米国の発言と日米同盟の危うさから目をそらすための、
安倍”ミリヲタ”政権が米国と画策した策謀なのだろうか?
穿ち過ぎた見方だろうか?)

一部の政治家たちは日本国憲法が自主憲法でないことを取り上げて『屈辱的だ』というが、
こんな同盟を結んでいること自体、屈辱的なのではないか?
なぜなら、米国の戦略上米軍基地は世界中にあるが、他国では駐留経費はすべて米軍持ちであり、
さらに米軍の行動に制約をつけるケースも珍しくない。
対して我が国は毎年7000億円規模の負担をし、
地位協定(民主主義を国是とする国がこんな非民主的な協定を作ること自体おかしい)に阻まれ、
米兵の犯した犯罪も主体的に裁けない。
日本は『差別的待遇に甘んじている』といっても過言ではない。
そして、目的である『国の平和と安全』はおざなりにされ、かえって危険にさらされる…。
そんな同盟結んで喜んでるんだよ、政治家たちは。
馬鹿じゃないの?
間抜けすぎる・・・。
あまりにも…。

対して米国の政治家たちは、日本に対するリップサービスの裏側でほくそ笑んでいることだろう。
きっと。
そしてこっそりとつぶやく。
『Have a nice BOMB !』と。(正しい英語か知らんけど…。)



今僕は、この国が更なる軍備に奔走する姿を思い描いている。

                                              〈了〉

しまった!
今回のブログ、『つまらないジョーク』を入れ忘れてた。
僕の楽しみなのに…。
僕のライフワークなのに…。
僕のレーゾン・デートルなのに…。




今週の一曲
河島 英五 『竜馬のように』


旧友再会 ~ベスト・オブ・河島英五~

旧友再会 ~ベスト・オブ・河島英五~

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ワーナーミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2011/05/25
  • メディア: CD


現在入手できるアルバム、ということでこのアルバムを提示しました。
でも本当は、廃盤になってるけど、『河島英五の世界』を聞いてほしいです。
『竜馬のように』以外の選曲もグッドなので。



今月の嫁
10月に嫁に来るはずだった金剛ちゃんがこれなくなったので(発売延期と人は言う…)、
ここんとこ場当たり的に嫁を貰ってます。

今月は『ToLOVEる』の結城美柑ちゃんです。
lunamariaさんだったら持ってそうだな~。
DSC00024.JPG

アルター製です。
ちょっと前に発売されたものですが、Amazonで見たときにはいま一ピンときませんでした。
でも、アルターのホームページで見たら…『!!!』
速攻で買うこと…もとい、嫁にもらうことに決めました。
DSC00025.JPG
全身。
美柑ちゃんは、原作の設定では主人公の妹で、小学生だけどしっかり者で大人びた性格となってます。
そうです。
ワタクシ、JS〈女子小学生〉の色香に負けちゃいました。てへっ[黒ハート]
まあ、いいんですけどね。
JSでも美味しくいただければ…。
DSC00030.JPG
後ろから…。
DSC00029.JPG
お尻のアップ…。
あ、ピンボケだ。
DSC00032.JPG
寝返りを打たせて前面から。
タンクトップとショートパンツは別パーツになってます。
レビューなどではタンクトップを無理やり脱がしたりして、B地区が無いなどと騒いでたりします。
いやだね~。
エロティシズムを解さない輩は。
このままがいいんじゃないか。
普段しっかりした美柑ちゃんが、ショートパンツ脱ぎかけで寝そべっている…。
『何かエッチいことしたのかなぁ?』とか、
『いや、これからするのかなぁ?』とか、
『うぇへへへ。お兄ちゃんがいい事してあげるよ。』とか、
いろんなこと想像するのが楽しいんじゃないか。
…。いかんいかん。若干、『変質者モード』のスイッチが入りかけていた。
それではこの辺で。

『堂々巡り』


日本人へ リーダー篇 (文春新書)

日本人へ リーダー篇 (文春新書)




先頃、不祥事により安倍改造内閣の二閣僚が辞任した。
おまけに後任の大臣にも金銭問題が・・・。
ふう~っ。(ため息)
もう、いい加減にしてほしいんだけど。
こいつらアホなの?
こいつ等って、政治家だけでなく周りのスタッフも含めてだけど。
毎回毎回、同じような事を繰り返して、学習能力ってモノが無いのか?
しかもだんだん程度が低くなってるように感じるんだけど。

今回の二閣僚のうち小渕の方は主に金銭がらみだ。
主たるものは、支持団体主催の観劇会の収支が合わず、
公選法の『有権者への利益供与』ではないかとの指摘だ。
これに絡む答弁で、小渕本人が収支報告書のチェックをしていなかったことは明らかだが、
他に誰も突っ込みを入れる人(事務所のスタッフの中で)がいなかったこと自体、限りなく間抜けだ。

てゆーか、こんなズボラな収支報告書、誰が作ったの?
小学生か?
はたまた脳みそが半分溶けたおっさんか?
収支が合ってなかったら突っ込まれるのは当たり前だろ!
少しは鳩山由紀夫を見習え
ヤツの収支報告書は完璧なフィクションだ。
霊界からの献金があったり、
実際に会った献金を無かったことにしてまで収支を合わせている。
どうせ作文するならここまでやれ!
ま、でも、バレちゃったんだけどね。
(こんな恥ずかしいことがバレても、その後もぬけぬけと政治家を続けてやがった。
 なんという鉄面皮!ヤツこそ政治家の鑑だ。)

経産大臣公認のおっさんは、政治活動費で『SMバー』&東電株保有。
SMバーはスタッフのしたことらしいけど、あきれるね~。
若くて綺麗なおねーさんのならともかく、
おっさんの性癖には興味が無いので深く考えることはしないが、
SMバーでどんな政治活動をしてたんだろう?
まあ、性事活動はしていたんだろうけど・・・。
そういえば以前、民主党にも政治活動費でランジェリー買ってたヤツがいたなあ。
あれって、自分で穿いてたのかなあ?

そもそもさぁ、『SMバー』の料金を返せばいいっていう問題じゃないだろ?
政治活動とは無関係の領収を『政治活動費』として計上したことが問題の核心なんであって、
そういう事をするスタッフがいること、
それを許容してしまう政治団体のルーズな体質自体が問題なんだ。
だから、こんなスタッフは辞めさせ、
また、政治団体の綱紀を粛正して二度とこんなことの無いようにする必要があるのだ。
なのに、あまりに『SMバー』が強調されすぎると、
『変態!』とか、『なんてイカガワシイ!』とかそっちの方に話が行っちゃて、
問題の本質が曖昧になって、対策もまた、曖昧になってしまう。

収支報告書は個々の政治家の政治活動の実績を詳らかにするものだ。
その収支報告書に政治活動とは無関係な領収が紛れている。
それはその政治家自身の政治活動の実態に疑義を生じさせるものだ。
だから収支報告書がきちんとしてるか否かという問題は、本来は政治家自身の股間・・・
(あ、間違えた。正しくは沽券。・・・ちょっとわざとらしかった?)に関わる問題なんだ。
政治家の沽券は差し置いても、
少なくとも一般社会では『業務上横領』とか、『脱税』に類する行為なんだけどね。
法律は政治家には甘いね。
それとも、ナニかな?
ルーズな振りして、国民の目から隠さなきゃいけない何かがあるのかな?



一連の不祥事に関して、自民党の二階俊博は『(大臣選考時の)身体検査が甘い!』と発言した。
政治家として、政党人として、彼はそう考えたのだろう。
だけど、それは違う!
政治家は、収支報告書はもちろんのこと、政治活動費の使い方
公人としての品性・威厳・活動に支障の無いような『私人』としての振る舞い、
総てきちんとしているのが当然あるべき姿なのだ。
なぜなら彼らは自ら望んで国民の代表となり、公人となったのだ。
政治家は国を導き、時に国の顔ともなる。
少なからず税金を費やしてもいる。
身を慎むのは当然の事として、率先して法を守り、国民の規範となるべきなのだ。
キチンとしていれば、『身体検査』の必要は無く、不祥事もまた、無い。
二階の発言は暗に『政治家の出鱈目さ』を認めたものであり、
今後もそれを是正する意思の無いことを示している。
彼が真の政治家であるなら、『収支報告書くらいちゃんとしろ!』と怒るべきだった。
そうすれば彼の評価は高まったのに。

二階の発言は、見方を変えれば、また別の側面を見せてくれる。
この発言は内閣、ひいては党の不利益になることを憂えてのものだ。
国民の迷惑、不快感、憤りなどは一切考慮していない。
そうなのだ。
政治家はこっち(国民の側)を見て政治をしていないのだ。

かつて『ナントカ還元水』のおじさんは自らの疑惑に際し、『党に迷惑がかかる』といって自殺した。
ヘタレ総理の福田君も、『党に迷惑がかかる』といって自殺・・・、あ、違った。
まだ生きてた。
もとい、総理を辞めた。
彼らも国民を見ていなかった。
彼らが国民の側を見て政治をしていたのなら、違った選択をしていただろう。
二階の発言は、自民党の体質があの頃からちっとも変わっていないことの証左だ。
政治、特に民主主義政治というものは国民の為のものだと思うのだが、
『こっちを見ようともしない政治家』たちにどれほどの価値があるのか
甚だ疑問に思う。



辞職した二閣僚には勘違いをしないで欲しい。
大臣を辞任して『ハイ、おしまい』ではないのだ。
彼女たちのやったことは『政治家として不適格』なことであって、
『大臣として不適格』なことではないんだ。
政治家としての責任は、いまだ果たされていない。


小渕優子には少し注目していたんだ。
父親である小渕恵三元総理を使い捨てにして殺した自民党にあえて入り、
どんな政治を目指すのか、少し興味があった。
今回の一件で、それが的外れの過剰な期待であったことが判った。
小渕優子は単に『祭りの御輿』なんだ。

御輿を担ぐ人達は、『御輿は神聖なものだから』とか、
『御輿のために!』といった理由で担いでいる訳じゃない。
自分の為なんだ。
『楽しいから』とか、『あの高揚感が・・・』とか、『ストレス発散に最適!』とか、
色々理由はあるだろうけど、結局は自分の為。
御輿が無いと、『御輿を担ぐ』行為が出来ないから御輿を欲しているだけなんだ。
『小渕恵三』という古い御輿が壊れちゃったから、新しい御輿を欲した。
そこにたまたま、古い御輿の馬鹿な娘がいた・・・。
ただそれだけの話。

因みに、本当は『御輿』じゃなくてもいいんだ。
『それっぽく』見えさえすれば。
例えば、フリーイングから来春発売予定の『1/4スケール ニャル子バニーver.』とかでも、ね。

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(これこれ!これです!神聖なるニャル子様~♪欲しい~♪)

ニャル子様だったら、僕も担いでみたい~♪えへえへ♪



コホン。
今回のブログ、用意していた書きかけの原稿をキャンセルして、新たに書き綴った。
そうしてまで言いたかった事は二つある。
一つは『同じような不祥事を繰り返す政治家とその取り巻きに対する怒りと恐怖』だ。
『怒り』の方は言わずとも分かって貰えると思うが、『恐怖』に関しては少し説明が必要だろう。
正直に収支報告書を書くにせよ、諸々の事情によって作文するにせよ、完璧を期さねばならない。
それを怠れば追求されることになる。
過去に沢山の例があるのだから、そのことは重々承知のはずだ。
にも拘らず突っ込みどころ満載の収支報告書を書いたり、
チェックを怠ったりするヤツは、馬鹿だ。アホだ。程度が低い!
こんなアホ達が国の行く末を決めるなんて『恐怖』以外の何物でもない。
必ず道を誤るだろう。
現にこの国の政治家達は、税収を遥かに上回る国家予算を二十数年に亘って組み続けている。
高齢化社会の問題にせよ、少子化の問題にせよ、あるいは中央と地方の格差問題にせよ、
問題はずいぶん前から指摘されているのに、何一つ有効な対策が出来ていない。
まるで『何もしないことが政治家の仕事』といわんばかりだ。
いや、『状況を悪化させることが政治家の仕事』といったほうがいい。

もう一つは『こんな愚かな不祥事の繰り返しからそろそろ脱却してはどうか?』と、思うからだ。
こんな不祥事を繰り返してもマスコミにネタを供給するだけで、
国にとっても国民にとっても何ら益は無い。
馬鹿な国民はそれを見てほんの少し憤り、辞任する姿を見てほんの少し溜飲を下げて、
それで終わる。
最初に取り上げたマスコミは『スクープだ!』と喜び、
政界は表ざたになった不祥事を罰し、
その影で表ざたにならなかった大部分の『不祥事』は温存され、
ほとぼりが冷めた頃にまたマスコミを喜ばせる・・・。
何ら進歩もないし、改善も無い。
改善しようとする意思すら感じられない。
これでは『政界とマスコミがグルになって愚民化政策を行っている』のと同じだ。
もうこんなことは止めよう。

政治家が国民には厳しく政治家自身には甘いことは、残念ながら紛れもない事実だ。
組織論から考えると逆でなければ生き残れないんだけどね・・・。
国民には数々の負担増を課す一方で、
国会議員の定数削減・歳費および経費・議員宿舎等の待遇の見直しには一切手をつけない。
先の震災復興特別税にしても、国民は25年、国会議員のそれはたったの2年。
間違っても、この国の政治家は『国民と共に歩む』とは言えない。
このままで行くと『政治家は国民の敵』という認識が定着するだろう。
それはもう、民主主義とはいえない。

そもそも、国会議員の待遇を国会議員自らが決めること自体、間違っている。
本来は国民の側に立ち権力を監視する役目を担うべきマスコミが役に立たない現状を鑑みると、
国民が直接声を上げるしかないと思う。
『国会議員の待遇は一切、(国会議員とは別の)国民が決めること』、
まずはそれを要求することから始めよう。

                                          〈了〉




今週の一曲
AZIA 『Heat Of The Moment』




Asia

Asia

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Geffen
  • 発売日: 1990/10/25
  • メディア: CD




今週のナイトメア
先日、悪夢を見た。
今もそれに悩まされ続けている。

それは、こんな悪夢だ。
金剛力士像(仁王様の事ね)の集団が、AKBのメンバーが着る様なフリフリのかわいい衣装を着て、 『セーラー服を脱がさないで』を歌って踊っている・・・という夢だ。

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こーゆーのが、

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集団(20人くらいはいたな・・・)で、

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こーゆう服を着て、

『せーえーらー服を ぬ、が、さ、ないで ♪』とやっているのである。

もちろん、あのムキムキの筋肉質の体でAKB風の衣装を着てるのだから、
動くたびに、服が、破れる、破れる・・・。
それもあちこちで・・・。
彼ら(金剛力士像たち)はそれを一切意に介さず、一心不乱に歌い、踊るのだ。
不気味というか・・・。
キモチワルイ・・・。

テンション下がるわ・・・。

しかも、普通夢って時間が経つと記憶が薄れてくるでしょ。
だけどこの悪夢は時間が経過しても薄れて行ってはくれない。
日常の、ふとした瞬間に、フラッシュバックのように脳裏に蘇ってくるのだ。

例えば、『やってみよう』さんのブログを読む。
HKTの記事だ。
そこに描かれているHKTのメンバーたちの姿を想像してほっこりしていると・・・、
いきなりフラッシュバックがぁぁぁぁぁ~!
金剛力士像がぁぁぁぁ~!
・・・!

というわけで、悪夢に悩まされている今日この頃です。

それにしても、何でこんな夢を見たんだろう・・・?
オレの頭の中って、一体・・・?






『日はまた昇る?』


梅原猛の授業  道徳

梅原猛の授業 道徳

  • 作者: 梅原 猛
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞社
  • 発売日: 2003/01
  • メディア: ハードカバー



(『日』といえば日本のことを象徴的に表す場合が多い言葉ですが、
 この『日』は例のアホひ新聞のことです。)

従軍慰安婦問題に関して、ようやく朝日新聞が誤報であることを認めた。
今回はそれについて。
といっても、もう二ヶ月近く前の話で、世間的には『いまさら?』な話題だと思うが、
静観していたのは世間の反応を見たかったこと、
タイムリーな出来事に対してありがちな、感情的過ぎる表現になることを避けたかったから。
(まぁ、うつ病でやる気が出なかったこともあるんだけど・・・。)


世間には『誤報を認めた』とか、『検証自体はしっかりしている』とか、
そういう些事をもって一定の評価を与えようとする意見が散見される。
世間様はお優しいですね~。
でも、生憎僕は易しくは無いんだ。
朝日の検証記事、そこに僕の求める答えはなかった。

誤報を認めることは当然のことだし、むしろ遅すぎる。
遅すぎる訂正は評価に値しない。
それどころか訂正が遅れたことによって弊害の拡大を招いており、
そちらの罪の大きさに目を向けるべきだ。
そもそも一連の記事の根幹を成す『吉田証言』自体、当時から『眉唾物』と見る意見は多かった。
僕の知りたかった事のひとつは、
 * そういう状況の中で、朝日新聞がなぜ、吉田証言を信じたのか?
 * 何を持って『信じられる』と判断したのか?
 * ジャーナリズムであるならば当然する筈の『裏をとる』作業はしなかったのか?
   (世間と違う評価で記事を書くのなら、尚更慎重に裏を取るべきだと思うが。)
 * 上司(?)によるチェック機能はなぜ働かなかったのか?
これらの説明が、きちんと納得の行く形で欲しかった。
なぜならこれは朝日新聞の、ジャーナリズムとしての資質に関わる問題だからだ。
問題の記事は複数年に渡っており、それを書いた記者もまた複数人いる。
だから、これらの記事が突発的に、ミスが重なって世に出たものだとは考えにくい。
朝日新聞としては、これら一連の報道が特殊なケースであり、
『通常の記事とは違う尺度で掲載に至ってしまった』事を示さなければ、
読者側はいつもこのように
『記者の主観と心象を根拠にして確信的な記事を書いてるのだ』と判断せざるを得なくなる。
それはむしろフィクションであり、本来のジャーナリズムの仕事とは一線を画すものだ。
そうなるとこれは体質的問題であり、他の記事の信憑性にも関わってくる。

―と思ってたら、案の定、やっぱり、出てきましたね~。
『吉田調書』の誤報問題! (同じ吉田でもあっちとはだいぶ違うね。)
任天堂(だったっけ?)社長への架空インタビュー!
朝日新聞は何かの信念があってこれらの記事を書いているのだろうか?
それともただの手抜き?(面倒くさいから取材ナシで記事を書いてる?)
もしや、『朝日スタンダード』は世間の感覚からかけ離れているのかな?
(生活保護費の減額問題では、ある大阪の女性が月額29万円の保護費を減額されたら
暮らしていけないと嘆いているという記事を書いて、『常識はずれ』とだいぶ叩かれてたよね。)
民主主義におけるジャーナリズムの重要性は、
一般大衆と近い感性を持っていて始めて満たしうるということを、朝日新聞は知っているのかな?

あげくに『当時は嘘と見抜けませんでした』だって?
小学生の言い訳か!
いずれにせよ、現状では『朝日新聞はジャーナリズムではない』というしかないね。


検証自体はしっかりしているという意見もある。
ホントか?
僕はそうは思わないけど。
百歩譲ってしっかりした検証だったとしてみよう。
だけど実際に、杜撰な取材チェックで書かれた記事が掲載されているのだ。
それも複数。
(それが元でわが国は『いわれなき汚名』を着せられているのだ。)
だから検証が必要になったのだから、検証記事がよく出来てたって何の意味も無い。
優れた検証能力がありながら杜撰な記事を掲載したって事は、
日頃の仕事では手を抜いているのか?
やっぱり?
検証記事が精緻であればあるほど、
『それだけの検証が出来るのなら、杜撰な記事書いて世間様に迷惑かけてんじゃねーよ! 最初からちゃんとした記事を書け!』なのである。


もうひとつ僕が知りたかったことは、『なぜこの時期に』ということだ。
誤報の訂正をするなら、その機会はいくらでもあった。
慰安婦問題の発端とされる吉田の著書『私の戦争犯罪』の出版が、83年。
秦郁彦氏が現地調査の結果、『虚偽である』との調査報告をしたのが92年4月。
(その中には、吉田が慰安婦狩りをしたとしている済州島の地元の済州新聞が
追跡調査をした結果『虚偽である』とした、89年の記事もある。)
吉田本人が虚偽であることを認めたのが95年。
咥えて、・・・あ、違う。
加えて、96年にも吉田は重ねて虚偽であることを告白している。
本来なら、記事にする前に済州新聞が行ったような現地調査を行うべきだった。
朝日新聞が本当のジャーナリズムだったら、ね。
それでも『秦報告』の後、吉田の告白の後と、少なくとも三回は訂正の機会はあった。
なのに朝日新聞は97年3月に『(吉田証言の)真偽は確認できない』と書いたのみであった。
本人が『嘘でした』といっているにも拘らず、訂正も謝罪もしてこなかった。
それがなぜ、17年も経ってからの訂正なのだ。
分からん・・・。

ちょっと脱線するけど、なぜみんな吉田清治と呼ぶのだろう。
今ヤツに氏なんて要らない。
呼び捨てで十分。
何が目的で虚言を広めたのか知らないが、国を貶めた罪は重い。
ヤツを裁く法は無いけれど(また、そんな危険な法はあるべきではない)、犯罪者と同じだ。
国を貶め、先人たちの顔に泥を塗ったのだから。
故人だからどこかの墓に埋まっているのだろうけど、ヤツの為の安息の地を、
わずかでも我が国の内に許すべきではない。
死んだくらいでは許されない罪もあるのだ。
速やかに掘り出して、韓国の海にでも捨てるべし。
韓国が好きなんだろうから。


今回の検証記事を総じて言うなら、『朝日新聞の言い訳』だと思う。
『間違えちゃった。てへ[黒ハート]でも、私はぜんぜん悪くないんだよ。ね、おにいちゃん[黒ハート]
といっているのに等しい。
『おにいちゃん[黒ハート]』という言葉に負けたのかもしれないけど、
この検証記事に甘い評価を与えることは、現在の朝日新聞の態度に承認を与えるに等しく、
僕にはとても承服できない。


最も気に食わないのが、『謝罪が無い』ということだ。
自らの責任を棚に上げ、『善意の第三者』を装って親切心からこれらの検証を行っているように感じられ、
気持ち悪い。
これは『間違えちゃった。てへ[黒ハート]』で済まされる問題ではないんだ。
この一連の報道が、例えば一週間誌であったなら、問題はここまで大きく、
また深刻になることは無かっただろう。
朝日新聞だからこそ、大きな問題になった。
『大新聞社』であるという誇りは、重い責任を背負い込む覚悟と引き換えで無ければならない。

検証記事中に『歴史的事実は変えられない』とほざいていたが、この言葉も気に入らない。
謝罪するつもりが無いどころか、何か誇らしげに聞こえる。
自ら犯した罪から眼を背けようとしている。
そんなことを言うのなら、『朝日新聞はジャーナリズムではないという事実は変えられない』のであって、
そんな新聞の言うことに何の信憑性があるというのだ。
朝日新聞は題字の下に注意書きを入れるべきだ。
『この新聞の内容はすべてフィクションであり、 実際の事実・真実とは一切関わりはありません』とね。

報道ステーションの検証でも同じようなことを感じた。
あれが限界、あれが落し所だったのだろう。
オトナの世界には色々あるんでちゅね。


謝罪が無いということは、そこに『真摯な反省が無い』ということだ。
反省が無ければ改善も無い。
改善が無ければ同じことを繰り返す。
極めて分かりやすい理屈だ。
今まで書いてきた他の記事も、これから書く記事も、
いつまた『間違えちゃった』になるか分からない、ということだ。
実際、あれからYAHOO!ニュース等で記事を読み『ふむふむ』と納得しても、
その記事元が朝日新聞だと判った瞬間に、
反射的に『え?これもフィクションか?』と思ってしまう自分がいる。
謝罪しなかったのは大新聞のおごりと、社長個人の小さな自尊心からだろう。
だけどそれと引き換えに彼らが捨て去ったのは『ジャーナリズム』という看板だ。
謝罪をしないことで朝日新聞はジャーナリズムとの決別を、世界に向けて宣言したのだろう。


ただ、この誤報によって『日韓関係が損なわれた』という意見には与しない。
それは朝日新聞のせいではない。
語弊を恐れずにいうのなら、韓国民は劣等種族だ。
自ら誇れるものが無いから人のものをパクッたり、
他人を非難し、貶めることによってしか自らのアイデンティティーを保てない。
そしてその核心部分にあるのが『反日』というキーワードだ。
恐らく、『反日』という看板をはずしたら、韓国はアイデンティティーが崩壊して、
社会を維持できなくなるのではないか?
(そしてそのことを一番よく知っているのは大統領自身なのではないか?)
だから慰安婦問題が無くても、韓国は何か他のネタを見つけて因縁をつけてきただろう。
歴史を捏造してでも、ね。
(竹島問題や在日もんだいがいい例だよ。)
慰安婦問題があっても無くても、日韓関係が良好になることなど、最初から無いのだ。
日韓関係において朝日新聞の果たした役割は、
『韓国が日本を攻撃する、恰好の材料を提供したこと』なんだ。



ここまで書いてきて、今、僕の中には一つの空想がある。
韓国は工作が大好きな国である。
ただしそれは『物を作る』工作ではなく、『秘密裏に非合法なことを行う』方の工作である。
金大中元大統領のノーベル平和賞受賞も工作の結果だし、ワールドカップのベスト4も工作。
『金大中事件』という工作もあったね。
ま、要するに、金で買った訳ね。
(金大中事件における金銭の授受は確認されてはいない。
しかし国家の主権が侵害される事態に沈黙を決め込んだ政界に金が流れた可能性はあると思う。)
僕の空想は『朝日新聞と吉田清治もカネ貰ってたんじゃねーの?』という空想である。
世論を操作し、韓国に有利な、日本に不利な状況を作り出すという工作である。
金大中事件のシンコクさから見れば、『単なる情報操作』なんだからお手の物だろう。
もちろん、何も証拠は無い。
だから『空想』。
だけどそう考えるといろんなものが理解できる。
吉田が単に金欲しさから個人的に出版し、その為の方便として虚言を弄したのだとしても、
それだけで十分な収入が得られたとは思えない。
そんな甘い世界じゃないだろう?出版業界って。
その疑問も『工作』が背後にあるのなら納得できる。
虚言だった事を告白した時に吉田が口にした『私の役目は終わった』という言葉の意味も、
朝日新聞が謝罪しない理由も、
先述の、『なぜこの時期に・・・』という疑問の答えも。

従軍慰安婦問題は想定以上に広がりすぎた。
日本を攻める材料だった筈が、最近では、
韓国が朝鮮戦争とその後の駐留米軍の為に使っていた慰安婦たちが、
韓国政府を訴える事態にまでなってしまった。
このままでは逆に日本から攻められかねない。
 (これは歴史的事実だが、従軍慰安婦に関して韓国は旧日本軍より数段上を行っている。
  先に上げた朝鮮戦争や駐留米軍のため、さらにはベトナム戦争でも慰安婦に関わっている。
  ベトナム戦争に参加した韓国軍が村を焼き払い、それによって生活の糧をなくした女性達を、
  民間の韓国人が慰安婦に斡旋するという悪どい事をやっている。
  もちろん韓国人だから、レイプもするし、虐殺もする。
  『人道的』見地から見ても、韓国が日本を攻めることは客観的には出来ないのだ。)
そのために世論の沈静化を図る必要が生じた・・・。
それで今になって訂正記事を・・・。
ま、単なる空想です。空想。



さて、これから朝日新聞はどうなるか?
どうして行くつもりか?
余計なおせっかいだが、朝日新聞の身の振り方を勝手に考えてみました。

① 潔く廃刊にする。
  これだけの迷惑をかけ、またジャーナリズムであることを放棄し、更生つもりも無いのだから、
  ある意味当然。
  だけど、そんな潔さがあるのなら謝罪しているわな。
  だから、これは無いだろう。
② 東スポか学研に身売りして子会社になる。
  東スポはともかく、学研には『なぜ?』と思われた諸氏も多いのではないかと思います。
  学研は、雑誌『ムー』の出版元なのです。
  だから学研の子会社になり、『朝日新聞』を『朝日〈ムー〉新聞』と改名すれば、
  少々アレな記事でも書き放題なのです~。
  例えば『パク・クネは実は金星からの使者だった!』なんて記事でも全然OK。
  今の朝日新聞にはこれがベストだと思われます。
③ 改めて謝罪し、真のジャーナリズムとして生まれ変わる。  
  いちばん困難な道。
  謝罪は当然として、これまでの『フィクション体質』から『ジャーナリズム体質』へと、
  会社組織を軌道修正することは一朝一夕では出来ないし、並大抵の覚悟では出来ない。
  さらにそれを社外にも分かるように、理解が得られるな形で示していかねばならない。
  個人的には社長の進退には興味は無い。
  (社長の美人秘書の身体なら興味があります!・・・すみません。またつまらないジョークを・・・。
   だって、『シンタイ』を身体なんて変換するから、つい・・・。)
  自らが社長を勤める会社の不祥事に際し、
  謝罪も出来ないような小物の首に何の価値も無いから。
  ただ、会社として更生の覚悟を世間に示すには、現経営陣の総退陣というのはアリかな。
  もちろん退職金ナシでね。

  咥えて、(あ、このネタは既に一度やりましたね。)
  加えて必要なのは『贖罪』だ。
  過失であろうと故意であろうと、それによって失われた名誉は回復されねばならない。
  その責は加害者が負うものだ。
  この場合我が国が国際的非難、
  (国連のクワラスワミ報告書およびマクドゥーガル報告書、米下院121号決議等)
  に晒されている現状を作ったのだから、
  朝日新聞はこれらを撤回させる運動において主体的役割を果たさねばならない。
  (他にも日本弁護士連合会および戸塚悦郎など、『贖罪』に値するヤツはいるけど。)
  何度か言及したが、NGOを作って調査とロビー活動をするのがいいと思う。
  本来は国がするべきことかもしれないが、政治家を当てにするのは間違いだ。
  何人かの政治家は訳も判らず謝罪し、
  その他の政治家も問題を看過することによって悪化させた当事者なのだから。
  それに、政治家はどこかで落し所を探るだろうから、徹底した活動が出来ない。
  朝日新聞に贖罪の気持ちがあるのなら、このNGOを作るのがいい。
  そして、所定の目的を果たすまでその活動資金を出し続けること。
  ただし、一切の口出しはしない―。
  という贖罪の仕方を提案する。

  贖罪をする・しない、あるいはその方法や程度は朝日新聞が判断することだけど、
  贖罪をしない、もしくは不十分と世間から判断されるなら信頼は回復されず、
  朝日新聞の更生も覚束なくなるだろう。
  厳しいことを言うようだが、それだけ罪が重い、ということだ。
  自覚してほしい。
  蛇足だが、朝日新聞が自発的に贖罪をしようとしない場合には、
  政治家は『懲罰的課税法案』を真剣に議論すべきだ。


朝日新聞がどういう選択をするのか、暫くの間注視したい。
さて、日はまた昇るのか?
                                           〈了〉


冒頭に紹介した本、朝日新聞出版社の本です。
朝日新聞本体はアレだけど、朝日新聞出版社の方はこういう良い本を出しているのです。
謝罪も無く、贖罪もまた無い朝日新聞は『道徳心』が足りないと思いました。
『この本を読んで反省しなさい!』という意味であえて選んでみました。
・・・まさか、この本も捏造・・・?
じゃない・・・よね?

〈お詫び〉
今回のブログ、長くなりすぎました。
ごめんなさい。
5000文字超えてます。
6000に近いかも。
途中で『ヤバイな~』って思ったんですが、止められなくって・・・。
4000文字超えたときには、『ええぃ、もう行くとこまで行っちゃえ~』って、
自棄(やけ)というか、多少ハイになってました。
ここまで読んでくださった皆様には『感謝、感謝』です。
どうもありがとうございました。





今週の一曲
福山 雅治 『Peach!』


PEACH!!/Heart o

PEACH!!/Heart o

  • アーティスト: カラオケ
  • 出版社/メーカー: アリスタジャパン
  • 発売日: 1998/11/05
  • メディア: CD



昔から、流行物・メジャーな物はあまり聞かない方ですが、この曲は例外的によく聞いてました。
最初にこのジャケットを見たとき、直感しました。
『この人(福山さん)とは親友になれるかも・・・』と。



今月の嫁
lunamariaさんが紹介していた『すーぱーそに子 水着サンタver.』があまりに可愛かったので、
それに刺激されて僕も今月の嫁を紹介します。
黒咲芽亜(くろさき・めあ)ちゃんです。

DSC00012a.jpg
このいたずらっぽい表情が魅力的です。
DSC00011a.jpg
正面から。
DSC00003a.jpg
横向き。
DSC00004a.jpg
後ろから。
こうしてみると、リアルではちゃんと成長した体型が好きなんですが、
こういう少女の面影を残した、可憐な体型もいいもんですなぁ。
そこで一句。
「ムチムチも
   良いがピチピチ
      捨て難し」
DSC00008a.jpg
これは『パンツを直してるのであって、オ○ニーしているのではない』(本人談)そうです。
DSC00017a.jpg
ついでに先月の嫁、アスナちゃんと、
DSC00018a.jpg
先々月の嫁、そに子ちゃんマウスver.です。


『夏の終わりに』






八月ももうすぐ終わる。
今年の夏も終わりに近づいている。
夏の初めの漠然とした高揚感と、それが無に帰した諦観。
鎮魂の祈りを境にして緩やかに変わっていく風の色。
夏の終わりの寂寥感。
季節はいつもどおりに変わっていく。

だけどこの夏、気持ちはいつも通りではいられなかった。
『戦争に一歩近づいた』この国を、それを看過した僕達を、
先人たちにどう報告したらいいのか分からなかったからだ。
どう祈ればいいのか分からなかったからだ。
『安らかにお休みください。過ちは二度と繰り返しませんから。』
これまでその言葉を信じて祈ってきた。
だけど今年、『過ち』に一歩近づいてしまった僕達は、
どんな言葉で鎮魂の祈りを捧げればいいのだろう?
そんな僕達を、天は、先人達はどの様に見ているだろうか?
『異常』ともいえるこの夏の気象とそれに伴う各地の災害も、
天の怒り、先人たちの怒りであるかのように、僕には思えてしまう。


話は変わる。
二十年来の習慣なのだが、八月には一本、戦争映画を見ることにしている。
戦争映画ってあまり好きなジャンルじゃないから普段はあまり見ないんだけどね。
戦争を知らない世代として、自分なりに戦争を考え、平和を考える為に続けている。
その材料としての戦争映画だ。

僕の中には根本的に、
『戦争の悲惨さは戦争を体験していないと感じることは出来ないのだろうか?』という疑問がある。
もしそうなら、我々人類は戦争という『愚行』から永遠に離れることは出来ないだろう。
戦争が愚行であることを十分に承知し、また理解しながらも。
例えば太平洋戦争の経験者が自らの体験を語る。
太平洋戦争自体70年前のことだから、その体験者となるとご高齢の方ばかりだ。
体力的にも精神的にもお辛いことと思うが、それを語り続けるのはひとえに
『戦争体験を語ることでその悲惨さを伝え、二度と戦争をすることの無いように』
との願いからなのだろう。
その話は貴重なものであり、その語る姿は尊い。
だがしかし、少々穿った見方をするならば、
その悲惨さは『負けたから』であり、『敵に攻め込まれた』からの悲惨さなんだ。
それを例えばアメリカ人に話したって、同情はしてくれても共感はしてくれない。
彼らは勝った側だし、自国が敵に攻め込まれたこともないから。
それに結局は他人事だし。

 (9.11の事件は衝撃的なニュースだったし、約3000人の犠牲は痛ましいことでもある。
  しかし、アメリカが東京大空襲や広島・長崎、あるいは昨今のイラクやアフガニスタンや
  その他の地域で殺害してきた数は、桁が二つか三つ違う。
  それを思えば、9.11後の彼の国の大騒ぎは滑稽ですらあった。冷めた見方だが。
  そのことは世界の警察を自認し、世界中に影響力を及ぼしたがっているアメリカという国が、
  同国人の死には過敏であるが、他国人の死や不幸には如何に無頓着であるかを示している。
  因みにイラク戦争とその後の混乱の中で、アメリカ軍による誤射・誤爆によって犠牲になった
  民間人の数は、『数えていない』そうである。
  どうやらアメリカで販売されている辞書には『人道的』という言葉は載っていないらしい。)

勝った・負けたという立場を乗り越えて、一人の人間として、世界市民の一人として対等に語れる
『戦争の悲惨さ』を見つけること。
それが僕たち戦争を知らない世代に科された使命なのだろう。

そういった観点で、今まで見た戦争映画の中でいちばん印象に残る一本をあげてみたい。
松本零士氏原作のアニメ、『ザ・コクピット』だ。



TOKUMA Anime Collection『ザ・コックピット』 [DVD]

TOKUMA Anime Collection『ザ・コックピット』 [DVD]

  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • メディア: DVD



『ザ・コクピット』は松本氏の『戦場漫画シリーズ』を原作としたアニメで、
三つのエピソードから成り立っている。
その中の二番目、『音速雷撃隊』という、
特攻兵器『桜花』のパイロットと彼を取り巻く人々の話の中に忘れられない台詞がある。
 (『桜花』という特攻兵器は今で言うミサイルの原型みたいなもので、
  ジェット推進により高速で目標に向かっていく。
  今みたいに電子制御の技術がなかったので、それに乗った人間がコントロールする。
  一度発射されたら誰にも止められない。
  ただし航続距離が短いので、
  目標の近くまで『一式陸攻』という大型の飛行機で運ぶ必要がある。
  因みに一式陸攻は七名の乗員で運用される。
  『桜花』という重荷を抱えた一式陸攻は敵戦闘機の格好の獲物である。
  それでは特攻はままならない。
  そこで一式陸攻隊を護衛する戦闘機の大部隊が必要になるのだが、
  深刻な物資不足と熟練パイロットの不足により十分な護衛の戦闘機隊をそろえられない。
  『桜花』のパイロットだけでなく、一式陸攻の乗員も、戦闘機隊のパイロットたちも、
  まさに決死の覚悟で作戦は遂行されていた。)
台詞の一つは、一式陸攻の年配のリーダーの
『こいつらにあと三十年会ったらなあ。いろんなことをするんだろうなあ。』という台詞。
主人公が実はジェット推進の技術者で、本当は特攻兵器に使うのではなく、
月にロケットを飛ばしたかったという夢を語ったことを受けての言葉だ。
もうひとつは特攻を受けた直後の米空母の艦長が、
特攻パイロットの持ち物らしき日本人女性の写真を見つけ、
その直後に『ヒロシマ市に新型爆弾投下。ヒロシマ市は壊滅。』という伝令を聞いて、
『どっちもクレイジーだ!』とはき捨てるように言った言葉。
これらの言葉の中に僕たちの探している答えがあるような気がする。
古い作品だから、普通のレンタル店には多分置いていないと思うが、
機会があったら手にとってみてほしい。


太平洋戦争は当時の政治家と外交官たちの怠慢によって始まった戦争だ。
 (と、僕は思っている。このことはまた別の機会に。)
本当の為政者は国民を幸福に導くものだ。
しかし国を、国民を危険に、ましてや戦争に導こうとする政治家達は『偽政者』と呼ばれるべきだ。
今年、愚かな偽政者共が決めてしまった閣議決定が、
後世、この国が新たな戦乱に巻き込まれてしまった原因だと指弾されることのないように、
今は祈るだけである。


今週の一曲
Vivaldi 『四季~夏~』


ヴィヴァルディ/協奏曲集「四季」

ヴィヴァルディ/協奏曲集「四季」

  • アーティスト: エンシェント室内管弦楽団,ビバルディ,ホグウッド(クリストファー),ハロインズ(クリストファー),ホロウェイ(ジョン),ベリー(アリソン),マッキントッシュ(キャサリン)
  • 出版社/メーカー: ポリドール
  • 発売日: 2000/03/25
  • メディア: CD




今週の一本の映画
久しぶりに、ずいぶん久しぶりに『となりのトトロ』を見た。
やっぱりいいね~。
僕の育った時代や環境とは違うんだけど、何かこう、懐かしさを感じる。
郷愁を感じる。
心が洗われた気分になる。
きっと、我々日本人の原風景なんだろうね。
僕は思う。
こういう映画こそ大人が見るべきだと。

人は誰でも幼年~少年時代を過ごす。
素直であり、無邪気であり、純粋だった少年時代をすごす。
少年はいつしか大人になっていき、素直さを忘れ、無邪気さを忘れ、純粋さを忘れる。
そしてずるさを覚え、功利を求め、汚れていく。
しかし、人が人として幸福になる為には『純粋』であることが必要なのではないか?
ならば、大人になってもどれだけ純粋さを残しているか、それが大事なことなのではないか?
『となりのトトロ』が心地いいのは、純粋さに溢れているからだと思う。
そしてその背景として、五月やメイだけでなく、彼女たちを取り巻く人々、
とりわけ大人たちが純粋さを失ってないことがあるのではないかと思う。
心の奥深くに眠っている純粋さを呼び起こす、その為に大人達はこういう映画を見るべきなんだ。

いや~、さすがの僕も『となりのトトロ』を見た後では心が洗われちゃって、
下品なジョークなんて出てこないや。
ところで、五月とメイのお母さんが入院してる病院の名前って、
『ビッチコック山病院』だった、よね?
すごい名前の病院だね~。
お父さんってば、よくそんな名前の病院に入院させたよね。

『迷い子の祈り アストレアの涙』


デビルマン (1) (KCデラックス (435))

デビルマン (1) (KCデラックス (435))





 (アストレアはギリシャ神話の神様。正義の女神。てんびん座の天秤の持ち主。
   そして、秩序を失くした人間を他の神々が見捨てる中、最後まで見捨てないでくれた女神。)

今日も世界のどこかで戦争が戦われている。
今日も多くの命が、無辜の命が失われている。


とりわけ気になっているのは、イスラエルによるガザ空爆だ。
ここでは1948年のイスラエル建国以来、多くの命が失われてきた。
特徴的なのは非戦闘員の犠牲者が多いことだろう。
今回もそうだが、空爆という手法は非戦闘員の犠牲を厭わない手法だ。
これは戦闘ではあるが戦争ではない。
あまりに一方的すぎるのだ。
20日現在、パレスチナ側の死者が400人を超えたのに対し、イスラエルの死者は7名。
パレスチナでは犠牲者の多くが民間人であるのに対し、イスラエルのそれは2名のみである。
比率から考えると『戦闘』という言葉すらおこがましい。
単なる虐殺行為だ。

彼我の力量の差は歴然としている。
そのことは先に上げた犠牲者の数を見れば明白だ。
その虐殺をイスラエルは今回だけでなく、事あるごとに行っているのだ。
ただ、自国の拡大に邪魔だというだけの理由で。

イスラエルのある政治家の『パレスチナ人は死ぬべきだ』とのSNSでの発言が物議を醸しているが
(なんて傲岸不遜な思考なのだろう)、
これは一部の狂乱者の妄言ではなく、イスラエル自体の暗黙の了解事項なのだろう。
そう考えないとこの毎度毎度の虐殺行為は説明が困難である。


言うまでもなく、イスラエルはユダヤ人の国家だ。
ユダヤ人は第二次大戦時にナチスによる迫害・虐殺を受け、多くの犠牲者を出した。
その数580万人という。(諸説あり。この数字は『ニューヨーク・ユダヤ人問題研究所』の推計。)
戦後ユダヤ人達は虐殺に関与したナチスの元党員を執念深く探し出し、処刑をしている。
(この裁判および処刑が、どんな法律を根拠としているのか分明でない。
   もしもイスラエルの国内法で裁かれたのなら、それは私刑に近いのではないか?)

普通、苦難にあった人達は他者に優しくなるものだと思うが、この国の人達はそうではないらしい。
イスラエルが建国されて六十数年。
この国の歴史は常に血と硝煙の臭いと共にあった。
この地にこの国が出来たことによって、一体どのくらいの命が失われたのだろうか?
正確な数は分からない。
もしかするとイスラエルはヒトラーの作った大量虐殺の記録を塗り替えるつもりなのかもしれない。
彼らの思考は、ユダヤ人の虐殺を『最終解決』としたナチスの思想となんら変わりがない。
虐殺だけでなく、この六十数年の間常にパレスチナ人達の平穏を脅かし続けていることは、
人権問題においても大きな罪だ。
戦闘と(イスラエルによる)迫害しか知らないパレスチナの人達。
彼らの人生を考えると、悲しい。
他の多くの国々の人々が享受している平穏で満たされた人生は、彼等の為には用意されていない。

なぜ彼らユダヤ人達は斯様に偏狭で、独善的で、閉鎖的で、被害妄想で、恨みがましく、
そして好戦的であるのか?
もしもそれがユダヤ人の民族性なら、こんな民族、ヒトラーでなくとも排除したくなるだろう。
不謹慎な発言なのは重々承知の上だが、
『ヒトラーの最大の罪はユダヤ人を根絶やしに出来なかったことだ』と言いたい。
そうすればイスラエル建国以降の犠牲は避けられた。


かつてイスラエルのラビン首相とパレスチナのアラファト議長が手を取り合ったことがあった。
そのとき世界は狂喜し、安堵し、そして感動した。
『ようやく中東に平和が訪れたのだ。』
『ようやく祈りが届いたのだ。』
世界の感動は、二人のノーベル平和賞受賞という形で表れた。
だけどラビン首相は暗殺された。
他ならぬユダヤ人の手によって。
それは、イスラエルが世界中の安堵と感動と祈りを裏切った瞬間だった。
以降、イスラエルは強硬路線に走っていく。


中東の平和とパレスチナの人達の平穏を、僕達は誰に祈ればいいのだろう?
漠然とした僕たちの祈りは戦地を彷徨い、消えていくばかり。
かつてイスラエルは自らの庇護者であるアメリカの言うことは渋々ながらも聞いていた。
しかし今のイスラエルが『無力なオバマ』の言うことを聞くことはないだろう。
ならば神に?
いや、神は無力だ。
彼らは自らの神を掲げて戦っているのだ。
そして彼らの神は異教徒には無慈悲だ。
そこに客観的正義はない。
アストレアはただ涙するだけ。


『杉原千畝』という方をご存知だろうか?
彼は外交官で、第二次大戦時ヨーロッパにいた。(リトアニア・カウナス領事館)
戦地から追われ、行き場をなくした難民に同情した彼は、
外務省の指示に反して日本通過のビザを発給し、多くの難民(約6000名)の命を救った。
その多くがユダヤ人だったという。
東北大震災』の際、ユダヤ人達は千畝の恩に報いようと多額の援助をしてくれた。
ユダヤ人達は、『千畝の恩』を忘れていないのだ。
もしかしたら、これが希望なのかもしれない。

千畝の恩を忘れていないなら、千畝の心を汲み取ってほしい。
彼はユダヤ人だから助けたのではない。
人として、苦難に会っている人達を放っておけなかったのだ。
その千畝が、天国にいる千畝が、
自らが苦難から救った人達の子らが他の人達に苦難を与え続けている今の姿を、
どんな思いで見ているだろうか?
ユダヤ人たちには考えてみてほしい。
 (ここら辺の話を小説にしようと目論んでいるのだが、俺、文才無いから・・・。
   蛇足です。単なる愚痴です。)


中東に平和が訪れる日。
その日が来るのなら、イスラエルは彼の地にいられないだろう。
ラビン暗殺で世界中を裏切った報いだ。
たぶん、アメリカの一部に土地をもらい永遠の平和を享受するのが一番の回答だろう。
アメリカ人の多くは『親イスラエル』だから。
そしてパレスチナの人達は平穏を取り戻す。

せめて今は、いつかそんな日が来ることを祈ろう。
たとえ行き場のない、迷い子の祈りになったとしても。



今週の一曲
菅野よう子 『I do』(攻殻機動隊OST2より)



攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX O.S.T.2

攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX O.S.T.2

  • アーティスト: TVサントラ
  • 出版社/メーカー: フライングドッグ
  • 発売日: 2011/03/30
  • メディア: CD




今週のいらないもの
先日(って一月も前か)、ついに『集団的自衛権行使容認』が閣議決定された。
自民党『防衛部会』(=通称。正式名称は『ミリヲタクラブ』)の寄り切り勝ちである。
連中、もっともらしい理屈をこねて『改憲』を叫んでいたが、
結局ただ戦争がしたいから改憲したかっただけなのね。
それはともかく、
国のあり方・形を根本から変える決定を『閣議決定』で行うなどあってはならない犯罪行為だ。
日本およびすべての日本国民に対する犯罪である。
安倍も、石破も、高村も、麻生も、これに賛同したその他諸々も、戦犯である。

それにしても、だ。
情けなかったな~、公明党。
支持母体の創価学会が『行使容認反対』を訴える中で、
どれだけ存在感を示せるか期待してたんだけど、あっけなかったなぁ~。
所詮何も分かってない連中、何も考えてない連中だから、期待したのが間違いだった。
もうイラネーんじゃね?
こんな党。
昔から思ってたんだけどさ、所謂『中道勢力』が日本をダメにしている。
中道勢力って言ったら、公明党と民社党。
民社党はもう無いけど。
『中道』の本来の意味は『中途半端』とか『宙ぶらりん』って意味じゃなく、
アウフヘーベンなのに、一番難しくて一番重要な位置なのに、
あっちフラフラ、こっちフラフラ。
全く腰が据わってない。
政権与党になりたくて自民党に擦り寄る公明党の罪は大きい。
なんたって自民党政治の本質は『日本の、日本による、アメリカ政府のための政治』なのだから、
それに組することによって日本および日本国民の本来の利益を大きく損なわせているのだ。
『亡国の徒』との誹りは免れまい。

『宗教法人と開業医には応分の課税すべき』というのが持論なんだけど、
自民党と公明党がくっついている限りは実現しないだろうし。
もっとも創価学会は大石寺から破門されてる状態だから、宗教法人と言えるかどうかアヤシイ。
大体さぁ、自民党も公明党も『日本を取り戻せ!』みたいなスローガンを掲げてるけど、
そうしなきゃならなくなったのは民主党のせいじゃなく、(まぁ、民主党もひどかったけど。)
その前の自公政権がダメだったからだってこと、棚に上げてねーか?
創価学会にはぜひ、早いとここんな党は見限って欲しいもんですネ。
創価学会にこの国を思う心があるのなら、だけど。







『田園の憂鬱』


檸檬 (新潮文庫)

檸檬 (新潮文庫)

  • 作者: 梶井 基次郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2003/10
  • メディア: 文庫




(うつ病になると梶井基次郎の『檸檬』の気持ちがよく分かります。昔は分からなかったけど。)

このところうつ病の具合がよろしくない。
もう半年以上になるだろうか。
気力の喪失と集中力・持久力の低下、それに強い倦怠感が続いている。
それで、気分転換がてら一時帰郷することにした。
久しぶりの帰郷で懐かしさもあり、
珍しくほんの少しだけどワクワクした気分を持って新幹線に乗り込んだ。


十年ぶりの故郷は、果たして、思ったよりもくすんでいた。
美人は三日で飽きる』じゃないけれど、懐かしい筈の景色もほとんど一瞬で飽きてしまった。
大きく様変わりした町並みも、心に妙な違和感を与えて、不快だ。
それで、お外は三日で飽きてしまった。
新緑の、気候的にはいい時期なんだけど。
結果として、ここでも家にこもってしまうことになった。
ハア~(ため息)。


こうなるとやることがない。
テレビをつけても、そもそもチャンネルの選択肢がない。
関西では民放だけで6チャンネルあり、この時期だとプロ野球のタイガース戦がほぼ連日見られる。
阪神戦はともかくとしても、プロ野球はおろかF1も流れてない。
そのくせ関西に居るときには忌避している、くだらないバラエティだけはしっかり流れている。
うつ病患者の常として不眠や中途覚醒の症状があるのだが、
夜中に目覚めてもテレビ放送はやってない。
関西だと大概深夜アニメをやっているのだが、それもない。
てゆーか、アニメ自体やってないじゃないか!
おい、おい、アニメはいまや国際的にも認められた文化だぜ。
それを提供しないなんて、テレビ局としてどうなのよ。
『アニメは子供のもの』なんて考えだとしたら、時代錯誤も甚だしい。
『まど☆マギ』すらやってなかったらしい。
どうしようもなく遅れてるぜ・・・。
こんなことだから、田舎の感性はどんどん遅れていくんだ。
フウ~(ため息)、田舎と都会の差は開く一方だね。


他にも気付いたことがある。
『本気で』見れる番組がない、ということだ。
関西では夕方のニュース番組が各局とも頑張ってて、いい番組を作っている。
MBSは公務員の『中抜き』の問題にしつこく取り組んでいたし、
輸出企業に関して消費税の還付制度があることを知ったのは関テレの『ニュースアンカー』だった。
どちらも『ジャーナリスト魂』を感じる。
民主主義におけるジャーナリズムの重要性は改めて言うまでもないが、
それとは別に、よいジャーナリズムに触れ続けることによって考える力や洞察力が磨かれる。
関西にはその環境があるのだ。
片や地元のニュース番組は地元ネタばっかり・・・。
のどかですね~。
世界は刻一刻と動いているんですけど。
本気で取材し本気で作った番組は、見る方も本気になるし、
『こんなもんか~』って作った番組は『こんなもんか~』って見ちゃう。
地元のテレビ局に聞いてみたいよ。
『ジャーナリスト魂はどこに?』って。
ブッ○オフで売っちゃったのかな?
田舎の未来は暗いよ・・・、ハア~(ため息)。


若い頃、『地方紙も全国紙もニュースソースは同じ』と嘯く地元新聞の販売員に反発した僕は、
一時期地元紙と朝日・毎日両新聞とを比較していたことがあった。
ニュースソースは同じでも、それを取捨選択しどのような扱いをするかは編者の裁量の内にある。
果たして、『このニュースは重要!』と思ったニュースが
朝日・毎日では一面で大きく扱われていたのに対し、
地元紙では二~三面で小さくしか扱われていないことが多々あった。
地方では一応ジャーナリズムに関わっている筈の人ですらモノを見る目が鈍いのだ。
ま、昔の話だけれど。
そんな人たちから情報を伝達される一般の人たちのレベルは・・・、推して知るべし、である。

今まさに中央では大怪獣『アベノドン』がこの国を戦争に巻き込もうと必死である。
この国を悪いほうへ導こうと必死である。
そんなときに、この田舎ののどかさ、呑気さ、鈍さは何なんだろう。
田舎の鈍さが、この国を悪いほうに導く一助にならなければよいが、と要らぬ心配をしてしまう。
フウ~(ため息)。

かつて『北の国から』シリーズの中で、『知らない権利があってもいい』という台詞があった。
気持ちは分かるけど、僕の中にも首肯している僕が居るけれども、
残念ながら民主主義においては『知らない権利』はないのだ。
むしろ、義務に近い。
なぜなら、民主主義では未来への道のりを決定するのは国民だけれど、
物を知らなかったり、正しい知識を持っていないことで誤った選択をする可能性があるからだ。
特に、高度に複雑化された現代社会では、思ってもいない所に陥穽がありがちである。
そして国民はそれに追いついていかなければならない。
田舎だってそれは同じ。
だからこそ、身近なマスメディアであるテレビが良質なジャーナリズムを提供することが大事なのだ。
ハア~(ため息)、『田舎はダメだ』と理性的には判断するが、それを言いたくない自分が居る。


あんなに焦がれた故郷だったけれど・・・。

『消え去りたい気持ち』、『終わらせてしまいたい衝動』に襲われながら過ごす日々。
近江大橋の上から琵琶湖を見つめながら、『どうせ終わるのなら故郷で』と思っていた。
田舎に帰ってみて判ったのは、僕を苛む『孤独感』『疎外感』は場所のせいではなく、
僕自身の心が作り出した産物だということ。
安易な救済はないのだ、ということ。

後は、まぁ、余計な憂鬱を増やしちゃったね。
美味しいラーメンが食べられたのは、一つ、良かったことかな。
関西ってラーメン不味いから。
トリケラさんもそう言ってるし。(GANTZ参照。15巻くらいだったかな?)


あぁ、そういえばベートーベンの『田園』のいい演奏が見つからない。
数年前から探しているのだけれど。
多くの演奏はテンポが速すぎるのだ。
分かってないね。
なんだか、田舎に着てまでぎっちり詰まったタイムスケジュールどおりに行動している、
そんな窮屈さを感じるんだ。
(おい、カルロス・クライバー。おめー、田舎行った事あんのか?)
もっとゆったりと、おおらかに演奏して欲しいね、この曲は。
僕に言わせてもらえば、だけど。
そんなことも僕を憂鬱にさせる。


今はただ、早く関西に帰りたい。
帰って、そに子に、ルカに、リリィさんに、唯依姫に会いたいよ。
それから、澪ちゃんのパンツと、シーナちゃんのパンツを見るんだ。
じっくりと。
君たち(フィギュア)だけだよ、僕を癒してくれるのは。





今週の一曲
Alan Parsons Project 『TIME (時は川の流れに)』






Turn of a Friendly Card

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今週の考察
アニメ『ビビッドレッド・オペレーション』をみた。
いまさらだけど。
その感想というか、思ったことを。

学校のセーラー服、下がスカートではなくショーとパンツなのが意外といい!
下からのアングル、特におしりの描写が多く、またそれらが中々にいいアングルなのだ。
きっと製作者の中に『モノが分かっている人』が居るに違いない。
うん。
ひょっとすると単なるおしりフェチの変態かも知れんが・・・。
リアルではJKすら対象外だが、二次元だとJCでもイケる!
案外、美味しく頂けそうな気がしてきた。
第二期を求む。(もちろん、おしりいっぱいで。)





『憲法私見』


百億の昼と千億の夜 (秋田文庫)

百億の昼と千億の夜 (秋田文庫)




少し前だけど、今年も憲法記念日がやってきた。
今年の憲法記念日は穏やかな、厳かな気持ちで迎えることが出来なかった。
軍事ヲタクというか、戦争ヲタクというか、
どうしても戦争をしたくてしょうがないヤツが首相を務めているからね。
平和主義者としては心安らかではいられないよ。
20年(もっとかな?)くらい前にも憲法論議が盛んになったことがあって、
その時には軽く読める日本国憲法の本が何種類か出版されていて、僕も読んでみた。
詳細な内容は覚えていないけれど、『一国の憲法というより、人類の理想に近いのではないか?』
という読後の感想は鮮烈に残っている。


『お前は改憲派か?護憲派か?』と聞かれたら、『消極的護憲派』と答えるだろう。
何事においても『タブー』は少ないほうが良い。
憲法においてもそうだ。
『絶対に変えられないもの』に支配される世の中は、息苦しく生きにくい。
必要があれば『いつだって変えられる』と思っているほうが楽だし、自由だ。
その上でなおかつ僕は平和を選ぶ。
平和を積極的に掲げる現行憲法を支持する。

これは自分なりに太平洋戦争を考えた上での結論なのだ。
いつだって戦争は『外交の敗北』である。
W・チャーチルが『至上最も避けるのが容易であった戦争』と評した太平洋戦争が勃発した一因として、
日本外交の稚拙さ・外交の不在があったと考える。
当時の政府には『なんとしてでも戦争を回避する』という姿勢は見られず、
安易に、なし崩し的に開戦に向かっていったように思える。
その反省はぜひとも生かしてほしいものだ。

現行憲法を厳密に適用するなら、日本は積極的に戦争を避けなければならない。
それは主に政治家や外交官の仕事だ。
政治家や外交官はあらゆる知恵を使って、あらゆる機会を捉えて戦争を回避する努力をせねばならない。
『専守防衛』は自衛隊が唱えるべきものではなく、
その前の段階、政治家や外交官が心しておかねばならない言葉なのだ。
こと敗れた時には、つまり開戦に至った時には、腹掻っ捌いて先人達にお詫びをするくらい、
真剣に、誠意を持ってことにあたってほしいものだ。
(瀋陽の事件などを見ると心許ないけどね。あの事件はガッカリ度が半端なかったな。)

一朝事起これば、自衛隊は全力で職務を果たす。
専守防衛ではなく、もう二度と我が国を攻めようという気が起きないほど、徹底的に敵国を叩く。
それも将来的な戦争回避には必要なことだ。
それが許されるのは、開戦を避けようとした不断の努力があってこそ、だ。
政治家や外交官達にその努力を忘れてほしくないから、現行憲法を支持するのだ。


ところで、僕は建築の設計を主な生業としてきた。
『モノを作る』仕事に携わってきて思うことは、
『最終的には、創作物にはその人の人間性が現れる』ということだ。
例えばサグラダ・ファミリアには崇高な魂を感じるけど、下品な奴は下品な物しか作れない。
(そういえば、昔、『おっぱいハウス』ってあったなぁ。)
それは単に建築だけでなく、すべてのものづくりにいえることなのだと思う。
絵画や文学、音楽などを通して繊細な魂に触れることが出来る。
法律や社会の仕組みについても同様だ。
作る人たちの心が表れる。
以前評判の悪かった『後期高齢者~』は、人をモノとしか考えていないことを示したネーミングだね。
そういう視線で憲法を見るとき、先にも書いたが『人類の理想』的なものを感じる。
崇高な魂を感じる。
今の政治家たちの言うこと・やることを見ていると、
彼らに現行憲法以上のものが作れるとは、とても思えない。
彼らが現行憲法以上の崇高さを持っているとは、とても思えない。
だから改正に反対だし、彼らには一言一句変えてほしくない。
てゆーか、『汚い手でさわんじゃねー!』と言いたい。

『日本人が作ったものじゃないから』との批判に対しては、
人類の理想を世界に先駆けて日本人に託してくれたのだと考えれば、
なんとも誇らしいことではないか。

『集団的自衛権』に関しても反対する。
戦争へのハードルを大幅に下げるものだからだ。
加えて、イラク戦争やアフガン戦争など、その正当性が疑われる戦争に加担してしまう恐れもある。
僕の勘だけど、あの戦争マニアは『朝鮮半島有事』を狙っている気がする。
集団的自衛権を確立させ、その後に韓国と同盟を結ぶ・・・すると朝鮮半島で戦争が出来る!
そのためには韓国との関係を改善しなければならない。
性格の悪いブスのおばさんに振られ続けているのに、あくまで阿り続ける姿を見ていると、
ちょっとそんなことも考えてしまう。
そんなにしてまで戦争がしたいのかね。
それは同時に、日本と日本国民を危険にさらすことでもあるのに。


憲法は国の形を決めることにのみ意義がある。
従って『理想』の部分もその中には含まれている。
我々が国を持ち、営みを続ける上での指針、方向付けとしての理想は不可欠であろう。
いわば理想はこの国が未来永劫『望ましい形であり続ける』ことを保障するものなのだ。
そしてこの理想こそが憲法を崇高なものにする。

理想は時流や突発的出来事を顧慮する事なく存在する。
存在し続ける。
理想は時に現実と相容れず、その相克はしばしば我々を戸惑わせる。
だからといって時流を理由に(その一部あるいは全部を)憲法を否定することは、
理想、ひいては憲法そのものに対する冒涜である。

そんなときは存分に悩めばいいのだ。
戸惑えばよい。
その苦しみの中から答えを見出せばよい。
悩み、苦しみ続けること、それも一つの回答なのだ。
所詮僕達は人間だ。
僕たちが掲げた理想は、僕らには荷が重いのかもしれない。
それでも理想を掲げ続けること、それこそが僕らの魂を崇高に近づけるのだ。





今週の一曲
角松 敏生 『君がやりたかった SCUBA DIVING』



あるがままに

あるがままに

  • アーティスト: 角松敏生
  • 出版社/メーカー: BMGビクター
  • 発売日: 1992/07/01
  • メディア: CD




今週のちょっといい一言
『自分を知るには 一生かかる』(ギリシャの古いことわざ)

『それは、ウソだ!』


ベトナム戦記 (朝日文庫)

ベトナム戦記 (朝日文庫)




それはウソだ!
そんなことは決して、ない。
『日本が右傾化している』なんて。

アメリカも、中国も、そんなことは信じないでくれ。
どうでも良いけど韓国も、ついでに。

日本は右傾化などしていない。
ただ一人、というか約一名、
頭の中が『戦争したくてしょうがない』ヤツがいて、
そいつが政権のトップに立っているだけなんだ。
ホントなんだ。





今週の一曲
歌組・雪月花 『回レ!雪月花』
アニメ本編よりこの曲の方がお気に入り!かやのん、かわいい・・・。


TVアニメ 「 機巧少女は傷つかない 」 エンディングテーマ 「 回レ! 雪月花 」

TVアニメ 「 機巧少女は傷つかない 」 エンディングテーマ 「 回レ! 雪月花 」




『きえてしまえ』


クヌルプ (新潮文庫)

クヌルプ (新潮文庫)




きえてしまえ
きえてしまえ
まちも びるも
くるまも れっしゃも
やまも かわも
そらも だいちも
かぜも くもも
みんな きえてしまえ

きえてしまえ
いぬも ねこも
ちちも ははも
きのうも あしたも
ひとも ゆめも
きみも ぼくも、

そうすればきっと、うまくいく




今週の一曲
浜田 省吾 『防波堤の上』


Born in 1952 - 愛の世代の前に

Born in 1952 - 愛の世代の前に

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ソニー・ミュージックレコーズ
  • 発売日: 1999/09/29
  • メディア: CD



『毎度毎度の物語』


野火 (新潮文庫)

野火 (新潮文庫)




また政治家と金の問題が発覚した。
今度は『アジェンダ』のおじさんだ。
『全く、政治家達は懲りることがないのか』と呆れもするし、半ば感心もする。
たぶん他にもいるよ。
ネズミとかゴキブリみたく『一匹見つけたら、その20倍はいると考えなくてはなりません!』って、
そんな世界かも・・・。

個人的には今回の事件、本人が辞めようが自殺しようが関係なく、
どーでもいいことだと思っている。
従って、今回のブログの論点もそこにはない。
この際、他に考えなくてはならないことがあると思うのだ。
二つの論点からこの件を論じてみたい。


第一の論点。
わが国は民主主義国家である。
内情がどうかはともかく、建前上は民主主義国家である。
だから政治家の多くは選挙によって選ばれる。
我々国民が与えられているのは、本来参政権である。
選挙権は参政権を実現する為の、便宜的な、いわば道具に過ぎない。
選挙における投票行為は、
我々が生来持っている自らの権利を他の誰かに預ける行為に他ならない。
だから、選挙で当選した人は投票してくれた人の権利を背負い、
意見を代表して議場に立つのだ。

さて、当選した候補者は真の意味の代表といえるか?
例えば10万人が投票してくれたとして、
その10万人すべての名前や、顔や、考え方を知悉しているわけではあるまい。
それは、無理だ。
ならば何を持ってその10万人の代表たるといえるのか?
突き詰めて考えると、それは『感性』しかあるまい。
市井に生まれ、市井に育ち、市井の空気を吸って生きていれば、
自然と感性も近いものになるだろう。
ならば同じように笑い、悲しみ、怒ることが出来るだろう。
その感性で持って政治に取り組み政策に反映するならば、
それは民主主義の成功例といえる。
立派な民衆の代表といえる。

しかし、である。
その感性の中で大いに重要な要素が金銭感覚であると思うのだ。
いのっち(またの名を猪瀬元都知事)の時もそうであったが、
政治家の金銭感覚は我々一般庶民の感覚から大きく乖離している。
さほど親しくもない人と五千万円ものお金を貸し借りする感覚も、
昵懇(だったのかな?)であるにせよ八億円ものお金を借りる感覚も、
全く持って分からない。
私的に八億円ものお金を借りる必要性があったと言う事情も、
それを何に使ったのかも、想像すら出来ない。
俺なんか、八億もお金があったら仕事やめて遊んで暮らすけどね。

斯様に金銭感覚が違って、民意を代弁できるのか?
真に国民の代表であるといえるのか?
少なくとも俺にはこんな連中に、
慎ましく暮らしている庶民の負担を増やす決定を下す権利があるとは思えない。
あえて具体的な方策は記さないが、政治家の金銭感覚を庶民に近づける努力が必要であると思う。


第二の論点。
政治と金の問題は繰り返されている。
今回は週刊誌のスクープ記事らしいが、
この種の問題はマスコミにおいしいネタを供給する以外にメリットはないのだ。
国にとっても、我々国民にとっても。
もうそろそろ、卒業しようではないか。
このような問題が出ないような仕組みづくりを考えるべきだ。
でないといつまで経っても進歩がない。

なぜこのような問題が繰り返されるのか?
それは恐らく、政治家達が自らにとって都合のいい仕組みにしているからだ。
我々国民が監視をし易いような仕組みに改めるべきなのだ。
いや、そもそも自らの待遇を自ら決めること自体がおかしいのだ。
お金に関してクリーンであることが当然であり、
ダーティになることが困難である仕組み作りはきっと出来るはず。
こちらもあえて私案を提示することはしない。
もしもこのブログに何か感じるところがあったなら、皆さんで考えてみてほしい。

重ねて言うが、我々に与えられているのは参政権なのだ。
政治の不都合には口を出す権利があるし、
また、そうしてこそ国民の責務を果たせるのだと考える。





今週の一曲
スターダスト☆レビュー『木蓮の涙』



SOLA

SOLA

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: UP-FRONT WORKS
  • 発売日: 2011/02/23
  • メディア: CD



『修正してやる!』





夜になるとブンブンと馬鹿共が五月蝿い。
あ、馬鹿共じゃなくて暴走族って言うのか。
でも、まぁ、大して変わらないな。
必要以上の騒音を出して、人様に迷惑をかけて、自己陶酔で喜んでいるだけだから、
馬鹿といわれても仕方あるまい。
この間田舎に帰ったときも五月蝿かったから、
この馬鹿共はゴキブリ同様日本全土に生息しているらしい。
この連中の存在は単に迷惑なだけでなく、社会に大いなる無駄を撒き散らす。
ガソリンの無駄、こいつらを駆除する為の経費と人件費も無駄、
環境にも悪影響を与える・・・。
さらに辛辣な言い方をすれば、こいつらの人生そのものが無駄である。
乱暴な言い方だが、こいつらがいなくなったほうが社会に利益をもたらす。
そんな連中の人生なんて無駄だろ、無駄。

命の価値は平等だが、魂の価値は一人ひとり違う。
高貴なる魂はその人の思想・言動による。
劣悪なる魂も、また同様。
要するに己の価値は己の生き方で決まるのだ。
無駄だといわれることが悔しいなら、人に恥じない生き方をすれば良い。
ただそれだけのことだ。

ありていに言えば、俺はこういう輩は嫌いだ。
一方で社会に守られながら、他方で社会のルールに唾をする。
そんなものは甘え以外の何物でもない。
社会のルールを破るなら、そこから生じるリスクはすべて自分で引き受ける。
ルールを破ることによって罰せられるなら、それも甘んじて受ける。
それが一人前の男というものだ。

俺は思う。
この馬鹿共を、社会はまともに扱いすぎているのではないかと。
結果的に馬鹿共の甘えを追認しているのではないかと。
甘えを追認することで助長し、ひいては歪んだ人格形成に寄与しているのではないかと。
歪んだ人格は、事の大小、早いか遅いかの違いはあってもいつか社会に仇をなす。
この馬鹿共の一部でも将来的に反社会勢力の構成員になるとしたら、
あるいはそうならなくても将来的に彼ら独自の準反社会的集団を形成するとしたら・・・。
そうなってから対処するよりも、そうなる前に対策を講じるのが合理的だろう。
ルールを破った馬鹿共には、社会は厳とした態度で臨むべきなのだ。
そこで俺は、『非行青少年の自衛隊への強制入隊』を提案する。


暴走族だけに限ったことではなく、ヤンチャが過ぎる連中を非行の事実で捕まえても、
現状では少年法で裁かれて、重くても少年院止まりだろう。
手元に良い資料がないので感覚的表記にとどまってしまうが、
個人的には少年院の効果には疑問を持っている。
非行の種類によっては更生率は高いのかも知れないが、
この種の非行には効果が薄いのではないかと思っている。
本人が『箔がついた』ぐらいにしか捕らえていなければ、時間と税金の無駄だろう。
もちろん、そこには真の意味での更生(改心して真っ当に生きる)などありはしない。

一つの選択肢としてでも良いから自衛隊への入隊を科すことが出来れば、
連中にとってそれは大きな転機になるだろう。
入隊を拒否すればヘタレ扱いされるし、入隊すれば心身ともに鍛えられる。
その方が連中の為にも良いと思うのだ。
見方を変えれば連中はかわいそうなヤツらなのだ。
輝ける青春期の真っ只中にいるのに、本気で取り組める何かを持っていないのだから。
それが勉強にしろ、スポーツにしろ、あるいは将来の夢に向かってでも良い。
全力で何かに向かっている人間は曲がった生き方をしないのだ。
だから自衛隊で鍛えられて、『国防』でも良いし、その他の何かでもいいのだけれど、
自分の生きる道標を見出せれば、連中にとっても良いことだ。

もちろん最初は言うことを聞かないだろう。
反抗的な態度をとるだろう。
甘えや、間違った考えは強制的にでも正さなければならない。
そのときは、『修正してやる!』(by カミーユ・ビダン)と言って、
鉄拳や精神注入棒を使うと良いだろう。
社会はこの暴力を許容しなければならない。
真っ当に生きている人が理不尽な暴力によって不幸になることを良しとしないならば。

まぁ、なんにせよ、静かな夜が来るといいね。




今週の一曲
浜田 省吾 『思い出のファイヤー・ストーム』
『J BOY』はやはりオリジナルに限るな・・・。



J.BOY

J.BOY




『静寂への誘いⅡ』


藤村詩抄 (岩波文庫)

藤村詩抄 (岩波文庫)




洛西のはずれ、常寂光寺を頂く山の麓にそれはある。
それは、山と竹林と畑に囲まれてそこにある。
一見すると見逃してしまいそうなほど静寂に溶け込んだ小さな侘び住まい、それが落柿舎だ。

ここまで来ると、都会の喧騒は全く届かない。
そう遠くない場所にあるはずの嵐山の賑わいも、別世界の幻想だ。
ここにはただ、優しい静寂が澄みやかな空気を抱いて満ちている。
松尾芭蕉の弟子、向井去来の別宅であったというこの侘び住まいは、
名前の通り秋が見ごろなのかもしれない。
しかし、あえてこの時期の訪問をお勧めする。


最初にここを訪れたとき、実は沈鬱な気持ちであった。
日常生活に疲れていたこともそうであったが、
予報になかった雨に降られていることも気持ちを落とすのに十分な働きをした。
道筋が不確かなのもいけなかった。
地図もなく、雨に濡れながら不確かな道を歩く様は、
まるで自分の人生そのものだと苦笑せざるを得なかった。
畑越しの一本向こうの小道沿いに落柿舎の姿を認めたとき、
なぜか子供時代の田舎の風景が脳裏によみがえった。
目的地がハッキリとし、足取りも確かになり、心なしか雨も弱まってきたようだ。
実際、入り口にたどり着いたころには雨はやんでいた。
ほんの少しの逡巡の後、中に入る。

踏み入れたそこは一個の『桃源郷』であった。
小さいが、確かに桃源郷だった。
洗いざらしの空気に包まれ、木々の葉はようやく差し始めた薄日に水滴を輝かせる。
裏の畑でウグイスが鳴き、その声は竹林にこだまして幽玄の世界に誘う。
ほころび始めた梅の木にはメジロが遊び、僕の心もメジロと共に遊ぶ。
しばし時を忘れて佇む。

落柿舎は俳人の別宅であったことから、庭内には俳句を投稿する為の竹筒が設置してある。
そこで詠んだ一句。
   『侘しさや
      落柿の舎に
         柿拾う』
後ろ髪を引かれる思いを振り払ってそこを出る。
路地を二つ三つ折れたところで、漸く現世に戻ってきた自分にふと気付く。
京都はこんなところにも異世界を内包しているのだ。


帰路、列車の中。
なぜだろう。
こんなとき思い出すのが、京都の、夏の、祭りの風景だったりする。
全く逆の、静寂に酔って来たばかりなのに。
静寂は好きだが、夏の京都の熱気と華やかさも、そう嫌いではないのだ。
京都を表す言葉として『はんなり』という言葉があるが、これは『花あり』から来た言葉だと聞く。
桜の時期の、この街を包む柔らかな空気と共に、そこはかとない儚さがこの一言で表現されている。
夏の京都の熱と華やかさの裏にもそこはかとない儚さを感じるのは僕だけだろうか?
だとすれば、侘しさも華やかさも背中合わせなのだといえるのだろう。
千年の歴史を持つこの街では。
ここで一句。
   『千年の
      光集めて
         舞い踊る』
あと千年経っても京都の魅力が損なわれないでいるよう、そっと祈る。




今週の一曲
George Winston 『Longing/Love


Autumn

Autumn

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Windham Hill Records
  • 発売日: 1990/10/25
  • メディア: CD



『マスコミの大罪』


日本人へ リーダー篇 (文春新書)

日本人へ リーダー篇 (文春新書)

  • 作者: 塩野 七生
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2010/05/19
  • メディア: 新書



先日何気なくニュース番組を見てた時、解説者の一言にピクッと反応した。
いや、別に、解説者がエッチなことを言ったから反応したのではない。
マジメに反応したのだ。
本当だって。
その時解説者は4月から上がる消費税について、
『財政再建のための消費税アップ』という趣旨の発言をしたのだ。
この発言はいただけない。
政治家の詭弁を追認するものであるからだ。

もちろん、今回の消費税アップが財政健全化への第一歩として行われることは真実である。
そんなことは百も承知だ。
だからその意味合いにおいて解説者は決して間違った事を言った訳ではない。
だが、しかし、である。
思い出してほしい。
消費税を上げる論議を始めるとき、政治家達は『税と社会保障の一体改革』と言っていたのだ。
ならば増税と同時にこの国の社会保障の形を提示してもらわなければ筋が通らない。
なのに彼らは消費税増税のスケジュールだけ決めて、社会保障については知らぬ振りだ。
どこかで細々と話し合われているのかもしれないが、形として全然見えてこない。
一体改革といった以上は、あくまで同時に提示してもらわねば。
正式に消費税アップが決定した今に至っても、
社会保障の目に見える変化は生活保護の後退という残念なニュースだけだ。
 (以前書いたが、消費増税を含めて五段階に減額される。
  これは特に単身世帯の受給者層に大きな負担になるだろう。)
これはよく言えば政治家の詭弁、悪く言えば詐欺行為以外の何物でもない。
こういうことを、マスコミには見逃してほしくないのだ。
政治家がきちんと、自らの発言を履行するように監視と追及を忘れてほしくないのだ。

仮に政治家達が、『財政再建のために消費税をアップします!』と言ったとしたら、
なぜこんな財政状況にしてしまったのか、
毎年毎年税収の二倍くらいの予算を組んでて何とも思わなかったのか、
等々、責任論が問われていたはずだ。
その責任は追及していけば政治家だけでなく、官僚にまで及ぶ。
当然そのツケは、政治家・官僚の待遇見直しと人員削減となって彼らに帰ってくる。
それらが増税の必須条件になっていただろう。
それを彼らは先述の『詭弁』によって回避しているのだ。
責任をはぐらかして、甘い汁を吸い続けているのだ。
こういった詭弁をしっかりと追及せず、追認さえしているマスコミの責任は、
『重い』と言わざるを得ない。


民主主義社会においてジャーナリズム(マスコミ ⊇ ジャーナリズム)が特別な意味を持つのは、
 (例えばニュースソースの秘匿は公に認められた彼らの権利だ)
政府・政治家・官僚等、権力の不正と怠慢を暴くことによって、追及することによって、
社会が正道を外さないように監視する役割を持つからだ。
そうすることによってジャーナリズムは国民の側に立つ存在になりうるのだ。

だが、現状、本当にジャーナリズムが国民の側に立っているのか、
疑問に思わざるを得ないのも事実だ。
過去の例を挙げると、
『日米安産保障条約』がいつの間にか『日米同盟』と呼び方が変わったこともそうだ。
英語ではどうか知らないが、
『安全保障条約』と『同盟』という二つの日本語の間には雲泥の違いがある。
故意に訳を変えることで同盟を既成事実化して国民の目を欺こうと彼らが考えたのなら、
それは権力の横暴であり、暴走だ。
これを放置し、または追従することによって権力の欺瞞を看過したマスコミを、
僕達はどう考えればいいのだろう。
もう一つ例を挙げる。
福島の原発事故の際、ある時からマスコミは一斉に『原発は安全だ』との報道を繰り返し始めた。
後になってみれば『フクシマ』は史上最悪の事故であり、決して安全な状況とはいえなかった。
周辺住民はもちろんのこと、
かなり広範囲の方々に一刻も早い非難を求めなければならないような状態であった。
 (事実アメリカは在日本の自国民に対して半径50キロ以上離れるよう勧告した。)
政府からのお達しがあったからなのか?
それに従うことがマスコミとして正しい判断だったろうか。
少なくとも僕はマスコミに対する信頼が崩壊してしまった。
パニックが起きるのを防ぎたかった?
ことはガソリンが無くなるとか、トイレットペーパーが無くなるといった瑣末な問題ではないのだ。
自分、あるいは大切な人たちの命に関わる問題なのだ。
この国の国民には、命の為にパニックになる権利すらないのかい?


ジャーナリズムが本来の機能を果たさないと、民主主義は容易に暴走する。
民主主義の暴走は、我々は『太平洋戦争』という形で経験したのではなかったか。
マスコミには猛省を促したい。





今週の一曲
The Alan Parsons Project 『Ammonia Avenue』


Ammonia Avenue

Ammonia Avenue




『東洋人の見分け方』


クラダルマ―斎女伝説 (6) (少年画報社文庫)

クラダルマ―斎女伝説 (6) (少年画報社文庫)




我々は日本人である。
中国人でも、韓国人でもない。
たとえ言葉を交わすことが無くても、顔を見れば凡そどこの国の人か見当はつく。
おそらく、中国人にとっても韓国人にとっても同様だろう。
しかし、西洋人の視点では三者の違いが分明ではないらしい。
これは面白くない。
迷惑だ。
そこで、西洋人でも分かる、東洋人の完璧な見分け方を開発した。


まず、ある東洋人を一人連れてきて隔離する。
食事を与え、生活に不便のないよう配慮しつつ、観察を続ける。
生活に不満はないが、彼は孤独だ。
しばらくすると彼は孤独に対して不満を抱くようになるだろう。
そこで、彼に子犬を与えてその反応の違いを観察するのだ。

ペットにして食事を分け与えたりしたら、そいつは日本人だ。
殺して食べちゃったら、中国人だ。
そして、レイプを始めたら、それが韓国人だ。
これで完璧だ。


P.S. 拙ブログ、『大つごもり』中に間違いがありました。
     斉藤さんと書きましたが、岸さんの間違いでした。
     お詫びして訂正します。
     ゴメンね。





今週の一曲
角松 敏生 『Distanse』


TEARS  BALLAD

TEARS  BALLAD




『自民党―この貪欲なるケモノ』


イエスの生涯 (新潮文庫)

イエスの生涯 (新潮文庫)




『自民党が存在する限り、日本に本当の良い政治は訪れない』
これは僕の予測でもあり、信念でもある。

自民党が必要だった時代はもう過去のもの。
必要悪として一定の成果は挙げた。
今はすでに害悪以外の何物でもない。
それなのに未だに存在し続けている。
未だに大勢力を誇っている。
これは自民党およびその支持者がイケナイのではなく、他の政治家達がダメなせいだ。
自民党よりも魅力的な政治を提示できないからダメなのだ。


自民党は、いわば一つのテーゼである。
かなり下劣なテーゼだと思うけれども。
自民党の政治を突き詰めて、突き詰めて、単純な言葉に還元していけば、
『欲望』という言葉が残る。
要するに利潤の追求、利潤の分配、本来政の中で公になされるべきものが、
公のものとは違う場所で行われるのが自民党の政治なのである。
小さいところでは近親者の就職
大きいところでは企業の受注。
等々。
だから、裏金が蔓延る。
不正が蔓延る。
『政治と金の問題』なんていつまで経ってもなくならない。

彼らの利潤の追求は万人に恩恵を与えない。
利益に預かるのは自民党およびそれに近しい人たちだけだ。
そして、彼らは容易に腐る。
自民党に近いところから、腐る。
それはあたかもスパイラルのように周囲を巻き込み、どんどん腐る。
建設業界然り、土木業界然り。
かつて(もうずいぶん前だけど)、
『日本は政治家はダメだけど、官僚が優れているから大丈夫』と言われていた官僚達ですら、
容易に感染し、腐臭を放つようになった。
彼らがクイモノにしているのは、我が国の、日本の未来なのだ。


ところで、ある一つのテーゼに対して抗し得るのはアンチテーゼなどではない。
全く別個のテーゼなのである。
ましてや『反自民』などという、アンチテーゼにもならないお題目で人を集めたって、
烏合の衆にすらならない。
20年前の野党大連立もそう。
近年の民主党もそう。
『砂上の楼閣』なんて洒落た例えがもったいない位に、あっけなく、簡単に崩壊した。
組織を維持する求心力の無い集団に大事は成せない。
ましてや国政を担うなんて、とてもとても・・・。
自民党を倒すには、いや、脅かすには、自民党とは全く別のテーゼが必要なのだ。

ならばなぜ政治家達は新しいテーゼを作ろうとしない?
恐らく、彼らには出来ないのだ。
新しいテーゼはひたむきに未来を見つめることによってのみ作られる。
ところが彼ら政治家達は片目で自民党を見ている。
自民党の貪欲さを、羨望を持って見ている。
いつか自民党から横取りして貪ろうと思ってみているのだ。
だから自民党から離れられない。
せいぜい『反自民』なんていう陳腐なスローガンしか出てこない。
そう、政治家は皆、根本的に『自民党的』存在なのだ。
  (機密費問題がいい例であろう。民主党は野党時代には機密費の公開を求めて激しく追及した。
   しかし、与党になってから機密費を公開することはなかった。
   政治家達が如何に利益に敏感で、如何に利益に貪欲かを示すエピソードだ。)


このまま自民党の天下が続けば、この国の未来から『希望』という言葉は消えてしまうだろう。
早いか遅いかの違いはあっても。
これを是としないならば、僕らは自民党から決別しなければならない。
『利益誘導型』の政治と決別しなければならない。
その決断は僕ら国民の手に委ねられている。





今週の一曲
さだまさし 『フレディもしくは三教街~ロシア租界にて~』


感動の素

感動の素

  • アーティスト: さだまさし,さだまさし,渡辺俊幸,服部隆之,信田かずお,山本直純,服部克久
  • 出版社/メーカー: テイチク
  • 発売日: 1999/01/29
  • メディア: CD



『偽者の剣』






何かことがあると飛び出してくるのが『歴史認識』という言葉であり、
歴史認識といえば、中韓である。
昨年末にも安倍クンの靖国参拝で中韓の批判にさらされた。
『中韓』と並べて言ったが、両者の間には根本的な違いがある。
今回はその違いを考えてみたい。


中国について言えば、我が国と実際に戦火を交えていた。
それは、日本、蒋介石一派、毛沢東一派の三つ巴という分かりにくい形ではあるけれど、
確かに戦っていたのだ。
そして今の中国は毛沢東一派の末裔だ。
従って、当然恨みや怒りはありうる訳で、
その面においては中国の態度は当たり前の反応だとも言える。
我が国とは攻めた側と攻められた側の関係だから、
その立場の違いから歴史的事実の見方にも差異が生じることも致し方ない。

これは日中双方の政治家の怠慢であると思うが、
国交回復後早い内に事実の確認と認識の擦り合わせをすべきだったと思う。
その上で謝罪すべきは謝罪し、賠償すべきは賠償すればよかったのだ。
そうすれば戦後70年も経って、子や孫の代になってまでいがみ合う事はなかった。
いわゆる『南京大虐殺』などはその最たる例であろう。

歴史は現在に影響を及ぼす。
これは避けられないことだ。
だが、未来にまで影響を及ぼすかどうかは、今を生きる我々の選択しだいなのだ。

過去に囚われ、怒りと憎しみに生きる者は不幸だ。
怒りと憎しみを未来に持ち越すことは、さらに不幸なことだ。
もうそろそろ終わりにすべきだろうと思う。
天がせっかく、我々人類に『忘れる』『許す』という知恵を与えてくれているのだから。
実際、大戦以前のことで他国に文句を言っているのは中韓くらいのものだ。
今、選択は中国側にゆだねられている。
中国政府が半日教育を止め、半日ドラマを禁止し、
国民に過去を許して未来を見つめるよう指導していけば済むことなのだ。
中国政府およびその要人たちに問いたい。
『あなた方はいつまで自国民を不幸にし続けるのですか?』と。

今の中国は形としては立派な大国だ。
しかしその中身は非常に幼い、まるで金持ちのクサレ悪ガキのようだ。
沢山の玩具を持っているくせに、人の玩具まで自分のものだと主張する。
偏狭で強欲な可愛げの無いクソガキだ。
国の体裁も大事だが、国民を幸福にすることが成熟した近代国家のありようだと思う。
早く中国が成熟した国家になるよう願いたい。


一方、韓国は当時日本の一部だったわけで、中国と同列に扱うことはできない。
いや、同列に扱ってはならない。
歴史認識問題において『中国と韓国を同等に扱うこと』、
それがすでに韓国の仕掛けた陥穽なのだ。
歴史認識問題に関して中国の態度は『当たり前』と先に書いた。
しかし残念ながら韓国が具体的に日本のどこを批判しているのか、僕は知らない。
韓国の主張を詳細に記した文章があるのか、知らない。
少なくとも僕が調べた範囲では韓国に対して恥ずべきことは日本には無い。
むしろ韓国に謝罪を求めたいくらいだ。
恐らく、慰安婦問題がそうであるように、竹島問題における韓国の主張がそうであるように、
虚構に満ちた主張であると思われる。
それらが虚構であることを隠匿する為に『歴史認識』という言葉を使っているのだろう。
『怒る正当な理由のある』中国と同列に並べられることによって、
自らも正当な理由ある立場と認識されることを画策しているのだ。
だから、韓国の手に乗ってはイケナイ。

歴史的に見ると、終戦前において朝鮮半島は植民地ではなく日本の一部として生きてきたし、
そのことで朝鮮人達は少なからぬ恩恵をこうむっていたはずだ。
それでも日本を批判するというのなら、
それは同時に自己批判を含むものでなくてはならない。
しかし韓国の態度にそれは見られない。
だから韓国の主張は卑怯でいかがわしいのだ。

朝鮮併合に文句があるのなら、お門違いもはなはだしい。
朝鮮併合は武力占拠ではなく正式な手順を追って行われたものだし、
併合後も朝鮮半島の近代化に日本が力を尽くしたことは以前に書いた。
それでも文句があるのなら、それは我々日本では無く併合を決めた大韓帝国の政治家たち、
つまり自らのご先祖様たちに言うべきであり、そうなるとこれは韓国の国内問題だ。
我々日本の知ったこっちゃないのである。

韓国に対しては、国際社会の前で理路整然と反論し、
徹底的に凹ましてやるのが最良の選択だと信念として思っている。
今のところ国にも民間にもそんな動きが見られないのは残念なことなのだが。





今週の一曲
角松 敏生 『You're My Only Shinin' Star


The gentle sex

The gentle sex

  • アーティスト: 角松敏生,康珍化,井上秋緒
  • 出版社/メーカー: RCAアリオラジャパン
  • 発売日: 2000/01/19
  • メディア: CD



『accident?』


沈黙 (新潮文庫)

沈黙 (新潮文庫)




こんなジョークがある。

『事故(accident)』と『悲劇(catastorophe)』の違いは何か?
大統領始め、全閣僚が乗った飛行機が墜落しました。
これがaccident。
しかし、奇跡的に全員無事でした。
これがcatastorophe。

南米を舞台にしたジョークらしいが、
どこの国も同じような悩みを抱えているんだなあと思った記憶がある。
ただ、日本の状況は少し違う。
このジョークを借りて日本の状況を表すと、

総理大臣始め、全閣僚が乗った飛行機が墜落し、全員死亡しました。
これがaccident。
しかしすぐに次の首相が立ち、新しい内閣を組閣しました。
これがcatastrophe。

日本では政治家の質が全体的に低いから、よい内閣なんて期待できない。
これが日本の悲劇だ。



そうそう、accidentといえば正月早々僕も見舞われました。
大きなネタを新年一回目のブログに乗せようと頑張ったのですが、
悪戦苦闘の挙句、巧くまとめ切れずに挫折しました。
それで今回このような小ネタになってしまいました。
すみません。
accidentというより自業自得ですね・・・ハイ。


遅くなりましたが、本年もよろしくお願いします。




今週の一曲
Alan Parsons Project 『Eye In The Sky』


Eye in the Sky

Eye in the Sky




『大つごもり』


梅原猛の授業 仏になろう (朝日文庫)

梅原猛の授業 仏になろう (朝日文庫)





今日は大晦日、大つごもりですね。
『つごもり』は『月が籠る』から来て一月の最後の一日を表します。
大つごもりは一年の最後のつごもり、12月31日のことですね。

今は昔ほどお正月が『特別な日』ではなくなってしまったけれど、
それでも年末が近くなるとあちらこちらの掃除に奔走します。
大つごもりのこの一日、この一年で言えなかったこと、心にたまった思いを吐き出したいと思います。
いわば、『心の大掃除』ですね。
では、いきます。

KONISHIKIさんは遮光器土偶に似ている。

元官僚の斉藤教授は昔、NHKの人形劇に出ていた。

AKBのたかみなは自転車のCMに出たとき、体に合うサイズの自転車が見つからず、
ムラタセイゾウ君から自転車を借りたらしい。

韓国のバカヤロー!来年こそは滅んでね。

猪瀬知事、辞めちゃったね。
Lunaさんが言ってた通り、イノセントじゃなかった訳だ。
彼にはぜひ、転落の経緯を本にしてほしい。
『政治と金の問題』は珍しくも無いけど、これを無くすには過程を知ることが必要だ。
彼なら、実体験でそれを語れる。
貴重な存在だよ。
『私はこうして、堕ちた』ベストセラーになるかもよ。

デビルーク三姉妹の髪の色はピンクだが、下の毛の色は何色なのだろう?
やはりピンク、か・・・。

北白川たまこのパンツが見たい!
ああゆう、何も知らなさそうな娘をチョロチョロっと騙して・・・ぐふふっ。

千反田えるもいいなあ。
カルディアさんのブログで知って『氷菓』を見たけど、面白かった。
あ、両方とも京アニだ。

京アニといえば、『中二病』も面白かった。
僕は中二病じゃないけどね。
もっと重症かもしれない・・・。

アニメキャラでいえば『トータルイクリプス』のたかむら(竹かんむりに皇)唯依が今年一番だった。
終わっちゃって残念だけど、唯依の純潔が守られたのは良かった。
唯依の処女は俺のもんじゃい!

今年もうつ病は治らなかった・・・。
うつ病といっても右手を酷使する方のうつ病じゃないよ。

etc.etc.・・・


ブログ初めて半年だけど、沢山の方々に見て頂いて、また、皆さんの素敵なブログも拝見し、
それが今年一番の喜びかな。
こんな拙いブログを見て下さった方々、ありがとうございます。
nice!を下さった方々、ありがとうございます。
来年はもう少しまともなブログにしたいと思っていますので、どうぞ宜しくお願いします。
といっても僕のことだから、当てになりませんけどね。
今年最後のブログも下ネタに走っちゃったし。

では皆さん良いお年を・・・。





今週の一曲
Led Zeppelin 『Thank You』


Led Zeppelin II

Led Zeppelin II

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Atlantic / Wea
  • 発売日: 1994/07/04
  • メディア: CD



『おかたづけ』


砂の女 (新潮文庫)

砂の女 (新潮文庫)




政界は相変わらずバタバタしている。
我々浮世に生きる庶民とは、まったく関係の無い話である。
年末の忙しい時期に、またぞろ離党・新党結成を唱えるヤツが出てきた。
『年末までに立ち上げる』というにはどうせ政党助成金を狙ってのことだろう。
新しい政党は『政界再編政党』だという。

バカ言っちゃいけないよ。
国民は誰も政界再編なんて望んじゃいない。
今まで散々やってきたじゃないか。
それで何か良くなったか?
いまさら『政界再編詐欺』に騙されるほど、国民は馬鹿じゃない。
ブタのカードしか入っていないトランプの山をいくらシャッフルしたって、
ブタしか出てこないのは自明の理じゃないか。
あー、腹立つ。
こんなやつら年末の大掃除のついでに片付けてしまって、ごみに出してーよ。
不燃物?可燃物・・・って、燃やしたら変な物質が出そうだしなあ。
産業廃棄物か・・・?
もとい、何度も何度も繰り返していること自体、政界再編の有効性を否定する事実じゃないか。
少なくとも『良い政治』を目指すことが政界再編の目的だと言うなら、
それは違うといわねばならない。
問題はそんなとこには無いんだ。

なら、問題はどこにあるのか。
一つには『政治家の質』、これは前回書いた。
二つには『二大政党制というシステム』の問題。
三つ目には『政治家の思想』の問題。
以上の三つが上げられる。


今回は二大政党制について考えてみたい。
二大政党制については、政権交代が容易になることがメリットとしてあげられるが、
複雑な現代社会において総ての問題を『保守』と『革新』とに二分できるのか疑問だ。
そもそも、『保守』と『革新』という二つの選択肢自体が、僕らの世代にはナンセンスだし。
まだイデオロギーがその力を失ってなかった時代の、残滓的システムのように思える。

現代社会において考慮しなければならない問題は多岐にわたる。
日本を例にとって見ても、憲法、社会福祉、財政赤字、エネルギー、外交、国防、
軽く考えただけでもこれだけの問題は挙げられる。
どれを採ってみても我々国民にとっては重要な問題だ。
これら全ての問題が、それぞれに二つの回答を有し、
それらがキレイに二つに割れることなどありうるだろうか?
問題によっては三つ以上の回答があるかもしれないし、二党が同じ選択をするかもしれない。
そうなると、国民の選択肢が狭められてしまう。

また、二党による回答の提示と国民による二者択一という構図は、
国民の思考力を奪うものでもあると思う。
政治家や、テレビのコメンテーター、新聞の記事などを鵜呑みにして、
安直に結論を出す必要はない。
それぞれの問題について、国民も考え、調べ、悩めばいいのだ。
そうすることにより理解も思考も深まるだろう。

と、いう訳で、個人的には5~6個の中規模な、
けれど各々しっかりとした考えを持った政党がしのぎを削りあう状態のほうが望ましいと思う。
もちろん、そうなると政権は連立政権が大前提になるし、安定性も損なわれるが、
問題とその解決方法の明示という点においては国民にとって、
はるかに分かりやすくなるだろう。


ところで、二大政党制は、米国、英国を始め、アングロサクソン系の国々で多く見られる。
これらの国々は、宗教的にはプロテスタントが優勢な国々であると思うが、
それと二大政党制との明確な因果関係を示す論を持たない。
にも拘らずここで宗教を持ち出したのは、西洋人の精神の奥深くには、
我々日本人が思うよりも『宗教的な考え方』が深く刻まれているようだからである。

プロテスタントは『新教』とも呼ばれるが、『聖書の昔に戻ろう』というその理念から、
体質的にはむしろカトリックよりも『古い』のだ。
キリスト教に特徴的な考え方の一つに『二元論』がある。
カトリックと違って多国間・他民族間でもまれることの少なかったプロテスタントには、
この二元論がより強く刻み込まれているのではなかろうか。
そしてこの二元論が政治の世界に現れたものが二大政党制なのだと思う。
詳述することは避けるがこの二元論、ともすれば危険な傾向が見られる。
二つ、例証をあげる。
一つ目にはこの二元論、二つのものが対立して初めて思考自体が安定する。
対立が成功しないと、残った一つはたやすく暴走する。
基本的に対立の構図でしか世界を捉えることができないのだ。
『和を持って貴しとする』我々日本人とは根本的にスタンスが違ってくる。
二つには善悪の対比に帰結しやすい。
そして、絶対的な善にとって必要なのは絶対的な悪の存在である。
冷戦後、米国が辿った道のりを考えれば首肯できるだろう。


どっちにしろ『欧米に追いつけ』の時代は終わったのだ。
いつまでも欧米のまねをすることはない。
我々日本人もフロンティア精神を持って、自らの考えで新しい大地を切り開いていくべきだと思う。





今週の一曲
浜田 省吾 『Sentimental Christmas』


CLUB SURF&SNOWBOUND

CLUB SURF&SNOWBOUND




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